ジョブ型人事の理想形 - Netflix最強人事戦略のエッセンスを読み解く
25 8月 2020
Netflixのカルチャーデック
Netflix。言わずと知れた、定額制動画配信事業者の雄である。2019年段階で同業界でのトップシェアの地位を築き、今年に入っては、新型コロナウイルスの影響による巣ごもり需要がけん引し、業績を大きく伸ばしている。2020年4月21日に発表した1~3月期の決算報告によれば、会員数は1億8,200万人、同四半期の収益は6,000億円(+28%)、純利益は750億円(+106%)という業績を記録している。その勢いは、留まることを知らない。
さて、同社は、広く公表されているNetflix Culture 、通称カルチャーデックと呼ばれている、その求める人材像及び人材マネジメントに関する考え方のユニークさでも知られている。
記載されている内容は、以下のようなものだ。
- 社員による自立した意思決定を奨励すること
- 情報を、オープンに、広く、かつ慎重に共有すること
- 互いに、極端なまでに率直であること
- 高度に優れた人材の集まりであり続けること
- ルールを避けること
そして、そうしたマネジメントを支えるために、人材には、「判断」「コミュニケーション」「好奇心」「勇気」「情熱」「無私」「イノベーション」「一体性」「誠実」「影響力」という人材像を求めると共に、組織運営については、「ドリームチームであること」、「自由と自己責任を貫くこと」、「情報に通じたキャプテンが決めること」、「率直かつオープンに反対意見を述べること」、「統制でなくコンテクストで仕事をすること」、「高度に整理し、緩く結合されていること」、「卓越性を探し続けること」という言葉で、そのエッセンスをまとめている。
Netflix最強人事戦略の読み解き
「Netflix最強人事戦略」という書籍は、同社の元最高人事責任者であったパティ―・マッコード氏が、同社での日々を回顧しつつ、そのもう一歩踏み込んだエッセンスを紹介している書籍である。そのポイントは、示唆に富んでいる。筆者なりにまとめると、次のようになる。
- 社員のエンゲージメントは気にするな、チームのやる気は、優れた人材が集い、切磋琢磨し、素晴らしい仕事を通じて高い成果を挙げることで最大限に高められる。
- 経営とマネジャーの仕事は、その環境を創り出すことにある。その手本は、スポーツチームである。経営とマネジャーは、会社の目標に向かって、「将来必要となる人材について常に考え、優れた人材を先んじて雇用」し、たとえ少数であったとしても「どの仕事にも優秀な人材を配置」し、「少数精鋭のチームを構築する」ことが、重要な仕事となる。
- 優れた人材に集ってもらうため、定型的な職務内容と、その時の市場データを基にオファーの水準を決めるべきではない。それは過去の情報でしかない。将来必要な職務をイメージし、社員の報酬は、その時の市場価格だけでなく、将来会社にもたらす価値も含めて決定する。契約ボーナスなどという姑息な手段は使うべきではない。その原則に立てば、水準は、必ず他社よりも優れたものとなる。各社員に、社外の面接を積極的に受け、自社の処遇が他社と比較して遜色ない水準であることを確認してもらうことも厭わないレベルであるべきである。
- 厳選した優秀な人材のみの集まりであるからこそ、「固いルールは設けず」、「自由と自己責任」を追求し、「経営情報は全員に対して最大限オープン」にし、「顧客第一に、事実に基づき、率直に意見をぶつけあう」組織であることが実現できる。
- また、優れた人材しかいないのだから、2:6:2のような年次評価は行わない。社員の才能と情熱が、会社の目指す方向にあっているかを会社と個人の双方が見極め、貢献し続けられるのであれば、その新たな貢献に見合った報酬が支払われ続ける。(昨今、注目されているOKRの原点はここ)
- もし、個人の貢献が、会社が求めるレベルに見合わない場合は、解雇に向けたパフォーマンス改善プランを実施したり、評価を下げたりしない。ただ「ここでの仕事に合わなくなった」と告げ、退出をしていただく。代わりに、十分な退職金パッケージを用意する。
である。
同社の共同創設者であるリード・ヘイスティングス氏が2015年にスタンフォード大学で行ったTechnology-Enabled Blitz-scalingという一連の学生向け講演をYoutube上で見ることができる。彼は、その中で、Talent Density (才能ある人材が密度濃く働くこと)という一言で、その人材マネジメントの要諦を語っている。そして、その密度を維持するための退職金パッケージの存在についても、数度にわたり言及している。
ジョブ型雇用の理想形としての示唆
同社に対する人材マネジメントの姿については、“自由”と“自己責任”、“ルールを設けない”、“大人の関係”といった注目しやすい言葉で紹介されがちである。が、お気づきであろう。同社の仕組みは、ジョブ型雇用の一つの理想形であると同時に、一貫性を持った体系的なシステムなのである。どれか、一つを取り出して導入するということでは、うまくいかないものであることがお判りいただけるであろう。
昨今、ジョブ型人事、ジョブ型雇用というと、高齢者雇用、同一労働・同一賃金、多様性の尊重といった環境変化に対する対応策として語られることも多い。施策面でも、ジョブ型の導入という言葉の下、職務記述書の作成、ひな型としての定型的な体系の構築、市場価格を見た報酬制度の仕組みの導入といったパーツの導入を考えるケースは多い。
しかしながら、それは、かつて職能資格制度の考え方を維持しながら目標管理と成果主義的制度を導入した時に見られた不整合による失敗のように、将来の禍根につながる可能性が高いのである。Netflix最強人事戦略の読み解きからは、その一貫性と体系としての完成度が大切であることを学ぶことができる。現在、検討されている皆様も、果たして本当に何を目指すのかについて十分な検討が必要なのではないだろうか。
全ての会社が、Netflix社と同じ体系を導入する必要はない。しかしながら、パーツや形だけではなく、自社に合わせた体系としてのジョブ型雇用、ジョブ型人事の在り方を考え、導入に向かわなければ、成功への道筋も描けないということは学び取れるのではないだろうか。