女性活躍推進法に基づく行動計画の実効性向上の観点
10 6月 2020
2016年4月に「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」(以下、女性活躍推進法)が施行され、301人以上の労働者を常時雇用する事業主が本法に基づく行動計画を策定してから4年間が経過しました。さらに本法は2019年の一部改正によって、2022年4月から101人以上の労働者を常時雇用する事業主に対象が拡大されます。それに伴い現在、行動計画を改定あるいは策定されている事業主の方も多いのではないでしょうか。本稿ではこの行動計画の実効性を向上する観点について考えていきます。
女性活躍推進法施行前の女性の就労実態
初めに2016年の施行前の女性の就労実態に関して、本法で2020年から状況把握や行動計画の策定をする際に用いるとされている2つの区分に分けて見ていきます。1つ目が「職業生活と家庭生活との両立に資する雇用環境の整備」(継続就業、残業時間等が含まれる)、2つ目が「女性労働者に対する職業生活に関する機会の提供」(採用、配置、登用等が含まれる)です。
1つ目の「両立に資する雇用環境の整備」については、「女性の就業率」を確認します。【図1】の通り、1975年(昭和50年)や1985年(昭和60年)、1995年(平成7年)は出産や育児を理由とした離職により年齢別の就業率がM字を描いていましたが、2014年(平成26年)は以前と比べてM字の底の部分の数値が上がり、カーブが以前に比べて浅くなりました。これには女性の就業意識や両立支援制度の利用率、未婚率等の変化が影響していたと考えられます。以上から、過去と比べて女性社員(非正規雇用含む)の就業継続に課題を感じる企業は減っていたと推測されます。
【図1】男女共同参画白書 平成27年版 「女性の年齢階級別労働力率の推移」
※図1は労働力調査における労働力人口を基準にしており、常時雇用する労働者という女性活躍推進法の基準と合致しないが、女性の就労実態を大きな視点で捉えるという目的で引用した
2つ目の「職業生活に関する機会の提供」については、「女性管理職比率」を確認します。【図2】の通り、民間企業の部長・課長・係長級に占める女性の割合は調査開始の1989年以降2015年まで右肩上がりとなっています。この傾向だけを捉えると、企業が女性管理職比率を問題視する必要はなかったように見えます。
【図2】男女共同参画白書 令和元年版 「階層別役職者に占める女性の割合の推移」
しかし絶対値で見ると、政府が2003年に決定した、「社会のあらゆる分野において、2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が、少なくとも 30%程度になるよう期待する」という目標に対して、指導的地位に包含される女性の管理的職業従事者は2015年で12.5%*1であり、この上昇ペースでは遅いことがわかります。(なお、2019年時点で14.8%*1)
*1 数字はいずれも、男女共同参画局 令和元年度 「女性の政策・方針決定参画状況調べ」より
女性活躍推進に対する企業のコミットメント
次に、女性活躍推進法の具体的内容を確認すると、(1)自社の女性の活躍に関する状況把握・課題分析、(2)その課題を解決するのにふさわしい数値目標と取組を盛り込んだ行動計画の策定・届出・周知・公表、(3)自社の女性の活躍に関する情報の公表、の3つが義務付けられています。既に対応をされた事業主においては、3項目のうち特に(2)の難易度を高く感じられたものと推察します。なぜなら行動計画とは、自社が長年解決できなかった課題に対して向き合うことのコミットメントとなるからです。
2016年の調査*2で見ると、企業が数値目標を設定した項目は「管理職比率(管理職に占める女性の割合等)」が複数回答で55.8%と最多でした。これは前段で掲げたような状況から、企業が「女性管理職比率」を課題と捉えていることの表れです。
*2 調査:2016年女性活躍推進法への企業対応に関する実態調査(日本大学法学部「女性活躍推進法研究プロジェクト」・産労総合研究所 共同調査)
管理職比率向上に向けた新しい観点
それでは、女性管理職比率の向上には何が重要になるのでしょうか。マーサーが2020年3月に公表した"「When Women Thrive 2020 ~女性が活躍するとき、ビジネスも成長する~」レポート"では、Diversity & Inclusionに効果的な6つのPを示しています。
※6つのPとは…Passionate leadership (熱意のあるリーダーシップ)/Personal commitment(パーソナルコミットメント)/Perseverance(不屈の努力)/Proof of what’s helping and what’s hurting(役立つものと害を及ぼすものについての検証)/Processes that actively support women(積極的に女性を支援するプロセス)/Programs that support women’s unique needs(女性特有のニーズを支援するプログラム)
男性・女性に関わらず全階層の社員が(特にリーダーを中心として)、女性活躍推進に取り組むことが有効ということです。
そして、総合職と一般職、短時間勤務の社員とそうでない社員、正社員とパート社員というように対象を属性で分けてそれぞれの課題に対応することが求められます。ここで筆者は、女性社員の価値観の違いという観点も取り入れることを提案します。すなわち年代を単純な属性として扱うのではなく、年代別に異なる価値観までを考慮してアプローチしていこうという考えです。
年代別の時代背景等の差異とその考察
社員の価値観は育ってきた時代背景等に影響を受けて培われます。ここからは、各年代の女性社員の入社時にどのような時代背景があったかを、22歳、32歳、42歳、52歳と順に確認します。今回は「就職活動時の本人側の企業選びの軸や会社側の募集・採用時の取り扱い、入社後数年の本人側の就労意識や会社側の期待・働きかけ」という部分を取り出して見ていきます。その変化の大きさから、同じ女性社員と言っても価値観が全く一様ではないということを感じられると思います。
まず現在22歳の大卒女性・2020年度新卒入社者をモデルとすると、彼女の就職活動時は、女性活躍推進法の施行後にあたり、企業研究の材料として厚生労働省の「女性の活躍推進企業データベース」を参照できたはずです。また、2015年にSDGsが国連サミットで採択されたのも入社前ですから、ジェンダーバイアスの排除・女性のエンパワーメントに国や企業が取り組む姿勢を学生時代から目の当たりにしてきたでしょう。そして入社後もそれに近い仕事上の扱いがなされているものと考えます。
次に32歳の大卒女性・2010年度新卒入社者は、就職活動時にリーマン・ショックの影響を受けており、男子学生に比べて内定を得るのが難しく*3、社会における男女の違いを初めて感じたかもしれません。入社後に発足した第2次安倍内閣によって女性活躍推進の機運は高まっていたものの、具体的な取り組みのレベルは企業によってまちまちでした。そして入社約4年後の新語・流行語大賞で「マタハラ」がトップテンに選ばれたことから見ても、女性が子を持ちながら働くには周囲の理解が得づらかった時代だということがわかります。
*3 10月1日内定率は、前年同期比で男性6.5ポイント減、女性8.5ポイント減。前年同期は男性69.8%、女性70.1%と女性が若干高い(厚生労働省 平成21年度大学等卒業予定者の就職状況調査より)
続いて42歳の大卒女性・2000年度新卒入社者は、募集・採用、配置・昇進・教育訓練等の男女差別を禁止した改正男女雇用均等法、およびポジティブ・アクションが盛り込まれた男女共同参画社会基本法の施行翌年の入社です。この部分だけ取り上げれば就職活動中に女子学生が困難な状況に陥ることはなかったように見えますが、実際には「就職氷河期」だったため男女両者にとって困難な時期で、大卒求人倍率は10年前の2.77から0.99まで落ち込んでいました。そのような環境下、女子学生は男子学生に増して内定が得づらかった*4状況が見えてきます。また、入社2年後(2002年)の「女性が職業を持つことに対する意識」に関する統計【図3】によると、女性で「子供ができても、ずっと職業を続ける方がよい」よりも「子供が大きくなったら再び職業をもつ方がよい」の回答率が若干上回っており(以降の調査時点では逆転)、本人あるいは先輩社員たちの職業観によって長期的で継続性のあるキャリアプランが描かれない可能性があったことを示唆しています。
*4 10月1日の内定率は男性66.4%、女性57.7%(厚生労働省 平成11年度大学等卒業予定者の就職状況調査より)
【図3】男女共同参画白書 令和元年版 「女性が職業を持つことに対する意識の変化」
最後に52歳の大卒女性・1990年度新卒入社者は、男女雇用機会均等法施行後の総合職・一般職コース別採用が広がった頃に入社した、いわゆる「均等法第一世代」(総合職の場合)に該当します。ところが肝心の均等法の内容は募集・採用や配置・昇進で男女均等に取り扱うことは努力義務であり、かつ、育児休業法の成立・施行前の時期であることを考えると、現在と比較してジェンダーバイアスが根強く、かつ、子を持つ選択をした女性は仕事を続けるハードルが非常に高い時代だったと考えられます。また、先で紹介した【図3】の1992年調査では、男性の約3割が女性は「結婚するまで」あるいは「子供ができるまで」は職業をもつ方がよいという意識であったため、一部の職場ではその前提での会話や仕事の付与がなされていたことでしょう。このことに関して、2004年版の男女共同参画白書のコラムの一部*5を紹介します。均等法第一世代の女性に「仕事を継続する上で最も大変だったこと」についてのアンケートの結果を受けて書かれています。
*5 男女共同参画局「男女共同参画白書(平成16年版)コラム」より一部抜粋
調査対象数が少ないため,統計的に断定することはできないが,男女雇用機会均等法施行後,総合職となり現在まで働き続けてきた女性の婚姻率の低さ,子どものいない人の割合の高さをみると,結婚し,子育てを行いながら,女性が企業で総合職として働くことの厳しさを感じずにはいられない。仕事を継続できた理由として,独身であったこと,子どもがいなかったことだと回答した女性の多さ,仕事を続ける上で子どもの保育が最も大変だったと答える女性の多さは,仕事に与える育児負担の影響がいかに大きいかを物語っている。また,仕事を続ける上でロールモデルがいなかったことを挙げる女性が多く,均等法第一世代の女性たちが,先輩女性管理職がいない中で,手探りで自分のキャリアを開拓してきた様子が見えてくる。
さてここまで見てきた通り、女性社員の育ってきた時代背景等は約30年に渡って大きく変化しています。その結果、年代別の仕事・キャリアに対する考えや周囲とのコミュニケーション等にも違いがあるものと考えられます。前段で筆者が、女性活躍推進に取り組む際に社員の価値観の違いという観点も取り入れることを提案したのは上記の考えに基づきます。この観点を常に意識して行動計画に組み込めば、実効性が向上して自社の目標達成(例えば女性管理職比率の向上)をより期待できるのではないでしょうか。
行動計画の具体例として以下のような女性社員の年代別研修が考えられます。20代には、自社の制度からジェンダーギャップを感じる部分とその改善策をまとめた全社施策の提案を経験させます。30代・40代には、就職活動や社会人生活の中で感じた女性を取り巻く環境の変化や自身のキャリアアップに影響を与えたものを議論させ、管理職昇進に意識を向けさせます。そして50代には、「ロールモデルがいない中(すなわち価値観が多様化して自身と完全一致するロールモデルを見つけることが難しい現代と通じるような状況の中)で、キャリアを開拓してきた方法」を議論させ、自身のキャリアについて再考させます。
最後に
本稿では女性社員の価値観の違いという観点をご紹介しました。なお、今回はモデルとして特定の年齢を抽出しましたが、個人の価値観には家庭や学校を含む教育の場で身に付けたジェンダー概念や、入社から現在までの公私に渡る経験等も影響します。すなわち、社員の価値観には個別性が極めて高いことを強く認識する必要があります。
冒頭で筆者は「行動計画は自社が長年解決できなかった課題に対して向き合うことのコミットメントとなる」と述べました。これから行動計画を策定する、あるいは改定する事業主におかれましては、女性活躍推進法で規定された事項への対応だけでなく、自社の過去の施策の振り返りつつ、女性社員個別の価値観へ配慮する観点も取り入れていただくことで実効性を向上されることを願っています。