成果につなげるエンゲージメント調査
22 1月 2019
「エンゲージメント(Engagement)」 が経営におけるキーワードの1つとして関心を集めている。エンゲージメントの低い社員層やその要因を特定するために、社員の仕事に対する意欲や会社へのコミットメントの度合いを定量化し、組織・属性別の傾向や相関を見るエンゲージメント調査(社員意識調査)の必要性は、近年日本企業にも広く認識されているように感じる。
「エンゲージメント」という概念を1990年に提唱したウィリアム・カーンは、これを「組織構成員としての自己をそれぞれの職務に結びつけること;エンゲージメントにおいて、人は、 身体的、認知的、感情的に役割遂行に従事しその中で自己を表現する」と定義した1。その後2000年前後にギャロップ社の研究員が社員のエンゲージメントと会社業績との関連を示す研究を発表したことで、この概念の普及が進んだのである。
現在では、一般的にエンゲージメントを引き出す要因も明らかになってきている。多岐にわたる業界の企業における調査結果から、エンゲージメントと特に関連深い社員のニーズは以下の3つと分析されている(ACEモデル)2。
1) 達成(Achievement)
社会や会社への貢献、あるいは自己成長、キャリア形成の実現による達成感
2) 協働(Collaboration)
日々一緒に働きたいと思える同僚、チームの存在
3) 公平性(Equity)
自らの成果・努力が公平に評価され、報いられること
カーンの提唱から30年近く経過した今日、社員の声の吸い上げを目的にエンゲージメント調査を実施する企業は多い。しかし、調査結果をもとに、事業とそれを支える人材の成長に取り組み、成果につなげられている会社は果たしてどれだけあるだろうか。ある調査では、大半の企業の人事は調査結果を効果的な施策につなげられていないと感じているという結果が出ている3。社員から吸い上げた会社への要望に表面的に応えることはできても、例えば経営層と社員の意識の乖離など、会社の業績に影響を与えうる、より本質的な課題にアプローチできずに終わってしまうことが多いのではないか。ここでは如何にしてエンゲージメント調査を事業戦略実現のためのツールとして活用できるか、考えてみたい。
調査結果を人事課題の解決につなげにくい要因の一つは、エンゲージメント調査の「集約(aggregation)」という特性にあると考える。グローバル化、デジタル化、働き方改革をはじめ、日本企業が直面する経営環境の変化は、組織と個人の関係性に大きな変化をもたらしている。社員のニーズは従来の雇用安定性から、キャリアや成長機会、社会への貢献、ワーク・ライフ・バランスなどと多様化している。当然、エンゲージメントを引き出す要因も個人によって異なるということであろう。回答の匿名性を前提とするエンゲージメント調査を通じて得られる集約された結果のみから、各個人のニーズに応える効果的な人事施策を特定することは難しい。
上記の仮説を踏まえ、エンゲージメント調査活用におけるポイントを3点検討してみたい。
A) 「個」への焦点
エンゲージメント調査を課題の入り口を示すツールとして捉え、次のステップとして、事業成長に向けて鍵となる人材層のニーズや、彼らのエンゲージメントの適正な方向付けを阻む要因をより具体的に把握することが必要であろう。調査結果から現状の課題について仮説を構築した上で、フォーカス・グループ・インタビューや上司・部下間のコミュニケーションの促進等を通じて調査結果を掘り下げることにより、どの人材層にどのような施策が有効か、具体的に検討できる状態となる。
B) 成果指標の見直し
エンゲージメント調査の結果(エンゲージメント指数など)をKPIに設定する傾向があるが、エンゲージメント自体が目的化されると、社員の「満足度」を向上する取組みに集中しがちであり、これでは社員を戦略実現に向けて方向づけられていない。エンゲージメント調査の本質に立ち戻り、施策が離職率、顧客満足度、生産性などの業績・成果に与えるインパクトを測ることで、社員のエンゲージメント向上と事業成長の好循環が生まれるのではないだろうか。
C) 継続的な傾聴
日本企業を取り巻く事業・労働環境の変化、そして企業と個人の新たな関係性の下での組織の新陳代謝のスピードは今後より一層増すことが予想される。高頻度の健康診断的な調査(パルス・サーベイ)等を通じて社員の状況を継続的にモニタリングし、エンゲージメントにインパクトを与える事象を見逃さないことは、強固な人材基盤の維持に不可欠である。
調査の実施、あるいは調査結果としての数値を上げること自体を目的とせず、確実に組織のパフォーマンス向上や事業成長につなげるためのエンゲージメント調査のあり方を考えることが、中長期的な人材・組織力強化の鍵となるであろう。