経営者に求められる3つのコンピテンシー 

07 7月 2017

1. 序章

最近は、経営者人材に関して、大変注目が集まっています。私どもマーサージャパンも関与させて頂いた「企業価値向上に向けた経営リーダー人材の戦略的育成に関するガイドライン」(2017年3月31日、経済産業省発表)でも、「経営力こそが企業と日本経済の成長の鍵」という基本認識を示した上で、「将来のCEOやCxOとなる『経営リーダー人材』の量と質をいかに高められるかは、企業の持続的成長に決定的な影響を与え、競争力を継続的に向上させられるかどうかの鍵となる」と提言しています。

私どもマーサージャパンでも、経営者人材の育成に関するお問い合わせを最近では大変多く頂いており、多くのコンサルタントが関連するプロジェクトに従事している状況です。そうしたプロジェクトに多数関わっているものの一人として、多くの経営者候補の方々に対するアセスメントを通じて、成功する経営者、次期経営リーダーとして衆目の一致する人材に特徴的な人材要件(コンピテンシー)を3つご紹介したいと思います。

2. 経営者に求められる3つの人材要件 - Dealing with Paradox

第一は、「Dealing with Paradox」というコンピテンシーです。私なりに意訳してみますと「相矛盾する状況のバランスを考慮しつつも、迅速・果断な意思決定を下していく」ということとなりますでしょうか。

経営者は、混沌とした見通しがきかない経営環境の中で、様々な経営課題に取り組む必要があります。そしてその経営課題は、時には経営者に相矛盾する要求を突き付けます。例えば、従業員の処遇・待遇を改善しつつ、人件費の適正化を図ることであったり、顧客に対し多種多様な商品・サービスを提供しつつも、集中と選択を行い会社としての収益性を向上させる必要があったりという具合にです。
そもそも顧客や株主といったステークホルダーは、単一のニーズ・要求を持つ一枚岩な存在でなく、多種多様なニーズ・色々な思惑を持った多面的な存在なわけですから、こうした相矛盾する要求を突き付けられる、というのは、ある意味では常態であると言えます。こうした相矛盾する複雑な経営環境において、適切なバランス感覚を持ちつつも、最終意思決定者として戦略目的に合致するように迅速・果断な判断を下していくことこそが経営者のみが持つ固有の役割と言えるでしょう。
従って、経営リーダーになる前の段階で、こうした複雑性(Paradox)に対する耐性・経験値を十分に積んでおくことは重要なことだと言えます。

3. 経営者に求められる3つの人材要件 - Drives results

第二は、「Drives results」というコンピテンシーです。これも私なりに意訳してみると、「高い志を実現するために成果に拘る強い意志」ということとなりますでしょうか。

経営者は、組織として成果を創出することが何よりも求められます。そして、成果を創出する好機というものは、そうそう何度も巡ってくるものではありません。ということは、限られた好機を逃すことなく、適切なタイミングで迅速に意思決定をし、その機を捉えて離さず徹底して成果創出に拘っていく、ということが大変重要になります。経営者が成果に拘る姿勢を貫かない限り、組織としてハイパフォーマンスカルチャーが浸透することはありません。そして経営者が成果に拘るとは、結果指標に過ぎない数値による計数管理をひたすらに推し進めることを意味していません。経営者が成果に拘るとは、「成果に拘ることの意味合い(What, Why, How)」をきちんと自分の言葉で熱く語れているか、それを自らの行動で率先垂範できているかどうか、更にはツールとしての評価制度やKPI設定に反映され、組織の隅々までその真意が行き届いているかどうか、ということに対して責任を持つことが大変重要になります。例えば、「私は、日頃から組織や部下に対して、成果に拘れと口酸っぱくして言っているし、会議などでも再三再四強調している」というのは全く適切でなく、本当に成果に拘るということの意味内容が組織に的確に浸透しているかどうか、ということについても「成果が上がっているかどうか」という拘りを持つことが必要になるということです。当たり前ですが、自らの行動で示すことなく、口先だけで「結果に拘れ」というだけの人にリーダーシップがあるとは言えないでしょう。

4. 経営者に求められる3つの人材要件 - Learning Agility

第三は、「Learning Agility」というコンピテンシーです。これも私なりに意訳してみると、「自分自身の成長を実現するための不断の努力と行動を継続すること」ということとなりますでしょうか。ここでのポイントは、年齢や経歴に関係なく「成長し続ける」という強い意志と、それに向けた「行動を継続すること」の2つです。

多くのビジネスパーソンの場合、「成長し続ける」という強い意志は、往々にして加齢と共に失われがちになります。肉体的にも衰えを見せる40代以降、忙しい日々の生活を乗り切りながらも強い成長意欲を持ち続けることだけでも大変にハードルの高いことですが、更に「成長し続ける」意志に加えて、それに向けた「行動を継続すること」の困難さは、想像以上の難度であることでしょう。しかし、だからこそ年齢に関係なく「成長できるし、成長し続ける」という強い意志を持ち、それに向けた「行動を継続すること」というコミットメントを守り続けることは、大変稀少性の高いものであると言え、易きに流れることなく、そうしたコミットメントを持続させられることのできる人材だからこそ、経営リーダーとしてふさわしい見識と経験を兼ね備えることができるのだと言えます。

また、「Learning Agility」という場合の「Learning」は、何か新しいことを学ぶことだけを意味しているわけではありません。「Learning Agility」という場合の「Learning」は、新しいことを学ぶと共に、これまで学んだことを意識的に廃棄する「Unlearning」も含んだ概念として捉えることが大事です。即ち、自己成長を実現するということは、自己の限界・臨界点を引き上げることにより、これまでの知見・経験の範囲内では対応できないような、新たな経営環境にも柔軟かつ的確に適応できる能力を獲得することが目的です。そのための手段がLearningであり、決して何か新たな知見を蓄積し続けることが大事なわけではありません。もし、過去の学びから得た知見や経験が、新たな経営環境に柔軟かつ的確に対応することへの桎梏となったり、イノベーションを生むような新たな発想の障害となるようなことがあれば、そうした知見や経験は意識的計画的に廃棄することが求められるでしょう。こうした過去の知見・経験からの"断捨離"ができることも、過去にとらわれすぎないフラットな経営上の意思決定をする上での重要なコンピテンシーとなります。

※Learning Agilityの詳細については、同僚コンサルタントが執筆した下記コラムが秀逸ですので、ぜひご一読ください。
ポテンシャルの正体とは? 一流であり続けるために不可欠な進化力-Learning Agility

5. まとめ

これまで多くの日本企業での経営層は内部登用人材が多く、株主の代理人として経営を監視するという意識が浅薄になりがちであり、また経営層への登用は、出世の階段のゴールとして認識され、"経営者とは、経営をする者である"という至極当たり前の自覚・意識が育ちにくい構造であったと言えます。

また、「次期社長を決めるのは現社長」「次期社長人事は高度の秘匿性が求められる」ということを"錦の御旗"にして、社長の頭の中だけで社長の要件が検討され、次期社長人事が決定するという、いわばブラックボックスの中で自己完結的な意思決定がなされることが多くありました。しかしながら、社長を決めるというのは数年に一回発生する戦略的に大変重要な意思決定であり、それが、多面的な観点から検討・検証を行われることなく進められて良いはずがありません。

これまでの社内の常識や"良識"にとらわれずに、経営者に求められる要件は何か、という質問にアカウンタビリティを持たせつつも、各々の会社に即した個別具体的に答えを出していくことが極めて重要だと考えます。

著者
井上 康晴
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