退職金の不払いについて-判例に学ぶ-
17 2月 2017
退職金は、企業と従業員の合意のもと、労働条件の1つとして従業員に提示される重要な給付である。退職金を提供する企業に勤める従業員が退職した場合に、通常であれば事前に定めた算定式に従った金額が支払われるが、その退職金が支払われないことがある。例えば退職金規程に「懲戒解雇による退職の場合は退職金を支給しない」旨の定めがあり、懲戒解雇によって退職する場合がそれに該当する。このような規程は一般によくあるものであり、また退職金を設ける義務はそもそも企業には無いことから、尤もらしくも思われる。
それでは、規程に定めてさえいれば、実際に懲戒解雇が生じたときに本規程に従って退職金を不支給とすることができるであろうか。実は必ずしもそうではない。このように規程に定めてあっても、それを不当として裁判に発展した例が存在するのである。本稿ではそのうちの1例を紹介する。
事件の概要は以下のとおりである。
X社に務めるYは非常に真面目な勤務態度の従業員であったが、あるとき痴漢行為を働き、X社より懲戒解雇にすべきところを降格処分等にとどめた処分をくだされていた。Yは後日再度痴漢行為を働いたことで正式起訴され、これを受けてX社は就業規則に基づき懲戒解雇とした。X社の退職金規程には懲戒解雇の際には退職金を支給しない旨を記載しており、本規程に基づき退職金を不支給としたところ、Yは当該取扱が不当であるとして提訴した。
さて、一見すると、労使合意のもとで退職金規程に定めてあるのだからその規定が優先するようにも思えるし、退職金は過去の役務提供の対価なのだから全額払いがなされるべきである、というようにも考えられる。
本裁判の結果は支払請求を一部認容し、満額の3割支給とするものであった。判旨としては、まず退職金の法的性格に基づく論点が以下のとおりに整理されている。
- 賃金の後払い的要素の強い退職金について、その全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為であることが必要
- 業務上の横領等の直接の背任行為とはいえない職務外行為である場合は、それが会社の名誉信用を著しく害し現実的損害を生じさせるなど上記犯罪行為に匹敵するような強度の背信性が必要
- 勤務態度や服務実績等の過去の功も考慮されるべき
本件においては、Yの過去の功を考慮しつつ、Yの行為の背信性は軽度であるとはいえないまでも永年の勤続の功を抹消するものとまではいえないとしている。また、退職金が功労報奨的な性格を有し、支給について会社に一定の合理的な裁量があるとし、必ずしも全額を支給すべきとはいえないとしている。結果として、本事件の諸事情やX社での過去の退職金減額事例を考慮して一定割合(3割)を支給すべきものと結論づけている。
改めて冒頭に立ち返ると、退職金は労働条件の1つであるため労働法の制約を受けるものであり、退職金規程に定めがあるからと言ってすべてが自然に認容されるわけではないということがわかる。また本判例より、退職金あるいは退職年金は様々な法的性質を持つことにより、その係争時には個別具体的・総合的に判断されるものといえる。すなわち明確な解がないということである。これは、経済環境や国民の労働観、退職金制度の社会的位置づけに応じて、今後解釈が変わりうるということを意味するように思う。筆者は退職給付を専門とするコンサルタントとして、今後の判例に引き続き注目するところである。
ご参考:労働判例百選(第9版)、小田急電鉄退職金請求事件(東京高裁H151211判決)