「早く、高く、楽に」売却するためのデューデリジェンス(セラーズデューデリジェンス) 

businessmen shaking hands in the office. ©MaxFrost - stock.adobe.com

04 7月 2019

事業の選択と集中、ポートフォリオの組み替えに伴い、日本企業のノンコア事業売却のニーズは高まっている。近年では、事業売却の対象は日本国内にとどまらず、当該事業を展開する複数カ国にまたがる。一方で、多くの日本企業は売却対象事業の海外拠点の人材、人員、人事制度(福利厚生・年金制度などを含む)を事前に十分に把握できておらず、売却の意思決定を受けて付焼刃で対応しているケースも多い。また、多くの日本企業では、対象事業従業員、組合ともに売却慣れしておらず、円滑な転籍の合意に向けたハードルは高い。非売却対象事業の従業員にとっても、先例となる売却への関心は高い。有力な買い手候補は買収に手慣れた海外多国籍企業、海外投資ファンド等であるが、百戦錬磨の買い手に対して、売り手である日本企業が必ずしも自社に有利な交渉・売却にこぎつけられていないケースが散見される。

セラーズデューデリジェンス(セラーズDD)は、売却対象の企業・事業に対して売り手が実施するデューデリジェンス(DD)のことを指す。外部専門家が第三者的中立的立場で調査を行い、そのレポートを買い手候補に開示するというベンダーデューデリジェンス(VDD)もある。外部専門家がプロフェッショナルとして調査したという、一定レベルの信憑性のある整理された情報をVDDレポートとしてDDの初期段階で買い手候補に開示することにより、買い手側の理解を促し、売り手側の説明にかかる負荷を減らすことで売却プロセスを効率化することが可能となる。

ここで売り手にとって特に重要となるのは、買い手側のDD期間を短縮することに加え、VDD以外の広義のセラーズDDにおいて、交渉の論点となり得る点を事前に把握し打ち手を検討すること、情報開示の精度を高めること等により、売却プロセスをいかに売り手有利にコントロールできるか、という点である。

セラーズDDにおいて発見された自社のリスクが、買い手候補によるDD開始前もしくはクロージング前に解消できる問題であればその点を買い手候補に伝えることで売却プロセスがスムースに進む。例えばある国において社会保険料の支払いの計算にミスがあり、未払い部分が発生していたことが判明したのであれば、今後の支払い分における計算の適正化と未払い分の特定と清算が打ち手となる。また、事前に解消できないのであれば買い手候補の交渉スタンスを想定した上でカウンターを事前に複数準備しておくことにより、有利に交渉を進めることができる。

売却対象企業・事業が出してくる情報に不整合がある場合には、原因を特定して、買い手候補への開示前に修正をかけることが可能となる。情報に過不足がある場合、例えば不要な情報(通常情報請求に含まれない個人の属性情報等)が含まれる場合や、カーブアウト案件のケースで、事業で切り分けた情報が存在せず作成が必要となる場合等、買い手候補からの情報請求や質問を想定して、開示情報を作成することができる。このように、情報開示のイニシアティブを売り手側が握ることにより、早く、高く、楽に売ることが実現しやすくなる。

組織・人事面においては、自社で把握していなかったリスク・債務の特定に加え、対象事業の人材、人員、人事制度・運用のレビュー、年金制度カーブアウトの方針策定(カーブアウト案件の場合)、スタンドアロンイシュー(福利厚生、人事制度、人事機能、契約・ガバナンス関連等、切り離しや新設が必要となる制度・サービス・リソース等)の特定と関連するTransition Service Agreement(買い手側でクロージングまでに複製や代替・新設が間に合わない場合に、しばらく売り手にサービス継続を依存する契約)対応の可否ならびにコスト(概算)の確認に加え、事業売却や事前・事後の人員整理に関する国別の法的要件、現地慣行の精査(対組合コミュニケーション、退職金・解雇手当などの取り扱い)が鍵となる。

買い手候補が見つからない、あるいは買い手候補と価格やその他の主要条件で折り合わず売却が成立しない場合の選択肢として企業・事業の清算が検討されているケースでは、難度がさらに増す。
まず、買い手候補とのデューデリジェンスの前にあるいは並行して人員整理のプロセスやコストについても確認が求められる。また、売却対象会社・事業の主要幹部には売却の方向性のみ伝えて清算の可能性については伝えない等、コミュニケーション上留意すべき点は多くなる。

この時点で、売却対象企業・事業のインサイダー・キーパーソンの協力をとりつけることは、売却の成否を左右する最重要事項の一つである。公開前の社内外の守秘性を維持し、買い手候補のデューデリジェンス開始時にマネジメントプレゼンテーションで説得力ある形で自社・事業の価値を適正に伝えたり、買い手候補からの質問に適切に回答したり、またディールが他の従業員に知られることとなった際に従業員の不安を解消し、キーとなる従業員はリテインするなど、売却プロセスに積極的に関与してもらう必要がある。リテンション・ボーナスやトランザクションボーナスの適切な付与は有効な手段となり得る。

著者
島田 圭子

    関連トピック

    関連インサイト