健保財政悪化・社会保障弱体化に応える福利厚生制度のあり方
21 11月 2023
止まらない健保財政の悪化
健康保険組合連合会が発表した2022年度の決算見込によると、全国のおよそ1380の健康保険組合のうち4割の収支が赤字だった。また、企業と従業員が折半で負担している保険料率の平均は過去最高の9.26%を記録し、協会けんぽ(政府管掌健康保険)の全国平均保険料率(10%)に迫る勢いで上昇している。
もちろん医療費上昇の影響もあるが、現役世代や企業が負担している保険料のうち、約4割が高齢者拠出金に仕送りされていることが主な要因だ。
さらに、2023年5月に成立した改正健康保険法では、後期高齢者医療制度の保険料上限が段階的に引き上げられ、出産育児一時金の財源を後期高齢者(75歳以上)も新たに負担する事が決まった一方で、前期高齢者(65-74歳)の医療費については所得水準の高い現役世代(大企業の健康保険組合の加入者等)からの拠出を増やす制度改正が盛り込まれた。これまで手厚い付加給付と安い保険料率というメリットを享受してきた健康保険組合にさらなる負担を求めることになる。
そのような状況下、経団連が10月13日に発表した提言では、医療や介護、年金などの社会保障制度の持続性を高めるには、消費増税による財源の確保が避けられないと言及し、2025年度までに制度やその財源を抜本的に見直すよう求めた。
少子高齢化による社会保障制度の弱体化
現在の日本の社会保障制度は、戦後の復興期を経て、高度成長期であった 1960~70年代に骨格が築かれた。GDP対比の社会保障支出を諸外国と比べると、その手厚さは中程度になっていると言える。
図1.分野別社会保障支出の国際比較(対GDP比)
出所: 社会保障支出は、OECD Social Expenditure Database (2023年2月16日時点の確定値)、GDPは、OECD Social Expenditure Reference Series(2023年2月16日時点)。国立社会保障・人口問題研究所が作成した資料を基にマーサーマーシュベネフィッツにて作成。
社会保障制度の弱体化は少子高齢化による人口構造の変化により負担者と受給者のアンバランスが生じていることが主な要因だが、日本は諸外国に比べどれくらい進んでいるのか。
OECDのデータによると、65歳以上の人口を生産年齢人口(15歳以上65歳未満)で割った老年人口指数(Old-age dependency ratio)は、2000年頃までイギリス、ドイツ、フランスと同水準だったが、2023年時点で諸外国を大きく引き離し、その後も加速度的に少子高齢化が進んでいくと予想されている。。
図2. Old-age dependency ratio 1950 – 2075
出所: OECD Database(2023)を基にマーサーマーシュベネフィッツにて作成。
先細りする現役世代で高齢者を支える今の仕組みでは現役世代へのしわ寄せがあまりにも大きく、痛みを無くして給付水準の維持をすることは難しくなっていると言える。
冒頭の経団連の提言にあった消費税増税の話に戻るが、消費税は1989年(平成元年)4月に当時の竹下登政権が「長寿・福祉社会の礎」との説明で3%で導入された。今でこそ当たり前になっている消費税だが、当時小学生だった筆者にとっても初めて負担する3円や6円の消費税に戸惑った記憶がある。その後、安定的な財源を確保して、社会保障を全世代型に転換し、次世代に引き継ぐため、との大義名分で1997年に5%、2014年に8%、2019年に10%と、3度の引き上げが行われ現在に至っている。
セーフティーネットとしての役割も期待される福利厚生制度
“社会保障財源が深刻化する中で、それでも一定の社会保障水準を維持しようとするならば社会保障を補完するものとして企業福祉を位置付けるべき”とする考えもあるが、筆者は、企業が従業員やその家族に提供している福利厚生制度の役割は今後セーフティーネットの面でも高まっていくと考える。
日本の福利厚生制度は、セーフティーネットの役割は国の社会保障制度に任せ、寮・社宅、保養所、旅行支援など従業員の生活向上を図る方向に発達してきた。
一方で、欧米の福利厚生制度は医療や退職金が中心で公的な社会保障制度を補完するものとしての性格が強い傾向にある。国民皆保険制度がないアメリカでは企業が提供する医療保険が福利厚生制度のメインメニューとなっており、比較的社会保障が充実しているとされる欧州でも、公的健康保険の使い勝手の悪さを補完する目的で、企業が民間保険会社の医療保険を追加提供することが一つの福利厚生制度になっている。
今から準備出来る3つのポイント
今後日本企業の福利厚生制度にも欧米諸国のように社会保障制度を補完する役割が期待されるとすれば、今から準備できることはないだろうか。最後に筆者が考える3つのポイントを挙げておきたい。
図3. セーフティーネットの全体像
資料: 従業員が抱えるリスクに対し、補償主体毎に補償しうる制度をマーサーマーシュベネフィッツにて整理。
1. セーフティーネットとしての福利厚生制度を把握/整理
福利厚生が手厚いとされる大手企業でも、実際に制度を整理してみると、補償が偏っていたり/十分でないケースがある。株式やビジネス取引の関係で保険会社と調整する部署、企業グループ内の保険代理店、労働安全衛生の担当部署等、保険種目や制度毎に担当が分かれている場合が多い。また、会社主導の補償制度以外にも、共済会や労働組合等からの相互扶助の制度がある会社の場合は、さらに全体の把握や整理は難しい。セーフティーネットを横串で管理する担当者のアサインが不可欠だと考える。
2. 福利厚生制度全体に占める“リスクへの備え”のコストを把握
企業の福利厚生戦略に基づき、どのメニューに福利厚生費を分配するかは、選択と集中が求められる。今後、“リスクへの備え”に対し、福利厚生費の再配分を考える場合、まずは福利厚生項目毎(寮・社宅支援/健康支援/リスクへの備え/生活・就業支援/文化活動支援等)のコストのポートフォリオを把握することがスタートとなる。
3. 従業員に自助努力を促す仕組み作り
社会保障制度を補完する役割は、サスティナビリティを持たせるためにもすべてを企業の費用負担で行う必要はないと考える。例えば、企業のスケールメリットを生かして格安な掛金で加入できる団体保険等は、従業員負担であっても制度を導入していること自体が福利厚生になりうる。
セーフティーネットは究極的には、個人が抱えるリスクと捉えると、企業の役割としては従業員が晒されているリスクを見える化し、自助努力を促す仕組み作りもまた重要である。
なお、保険料控除(生命・年金・介護医療)は、社会保障のみに頼らず自助努力をした個人に税制優遇を国が行うものだが、今後企業の福利厚生制度が本格的に社会保障制度を補完する役割を担う場合には、国から何らかの優遇措置が与えられてもいいのではないかと考える。