最後のD&Iフロンティア 高齢人材の活用
07 11月 2019
去る10月4日、安倍総理は衆院本会議の開会に際して所信表明演説を行った。その中で、少子高齢化への対策を「最大の挑戦」と位置付け、全世代型社会保障の構想について語る中で、「70歳までの就業機会の確保」について言及した。
本稿では、企業のダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の視点に立って、 高齢人材の雇用にかかる課題を考えてみたい。
マーサーが2019年に発表した、「Are you age-ready?(邦題:高齢化への備えはできていますか?)」によると、日本における2016年の就業者のうち、65歳以上の高齢者が占める割合は22.8%となっており、世界最高である。ちなみにこの数値は2030年には38%まで増加すると見込まれている(イタリアと同率1位)。読者諸氏におかれては、この数値を予想より高いと感じられるだろうか?あるいは低いと思われるだろうか。おそらく意外に高いとお感じになった方がほとんどではないかと思う。
ご想像のとおり、この高い比率を支えているのは、主に第1次産業や自営業に従事する高齢者で、第3次産業、特に主な読者層と思われる大企業では、現状では役員クラスでないと、65歳を超えて働き続けている方はいらっしゃらないと思われる。日本では定年があったり、年功的な処遇による高コスト問題、下の世代のポスト確保など、高齢者の雇用を阻む課題は数多くあるが、海外でも高齢者の雇用は大きな社会問題となっており、とりわけ前述の「Are you age-ready?」のレポートでは、年齢による不当差別を「最後のD&Iフロンティア」と位置付けている。
これらの偏見については、同レポートで詳細に学術研究の記載があるので、興味ある方は是非ご一読いただければと思う。と同時に、偏見を打ち払うだけでなく、高齢人材を積極的に活用するメリットについてもくわしく説明している。例えば、ジェンダー・ダイバーシティの推進を中心に議論がされていた頃、女性従業員の比率を高めることがビジネス上の成果につながる理由の一つとして、多くの企業のサービスのユーザーの半分は女性であり、女性目線をより積極的に取り入れることがサービスの向上につながる、といった論調を目にされたことがあると思う。同様に、同レポートでも高齢人材の活用が事業成長に資する理由の一つとして、シルバーエコノミー対応を挙げている。欧州委員会の調査によると、欧州のシルバーエコノミー(50歳以上の購買層)は、アメリカと中国に次ぐ市場規模を持つとされている。
もう一点、高齢人材がこれらの事業成長に貢献できる理由として、テクノロジーの進化を挙げている。よく言われる通り、AIやロボティックスの進化とともに、いわゆるマニュアル作業はテクノロジーに置き換えられる、と言われるが、テクノロジーに代替できないスキルとして、いわゆる「認知スキル」が挙げられている。これは例えば、物事のビジュアル化や課題解決、コミュニケーションやコーチングといった、経験がモノを言うタイプのスキルに多くみられ、経験豊富な高齢人材が大きく貢献できる分野であると主張している。
実際に、マーサーの調査によると、高齢人材を多く擁する組織とそうでない組織を比べた際、個々人の評価はさほど変わらないにも関わらず、組織としてのパフォーマンスは、前者の組織の方が勝っていた、という結果が得られた。こうした高齢人材のソフトスキルによる貢献は、数字的な個人評価につながりにくいため、見落とされがちだ、とも指摘する。
無論、日本における高齢人材の活用については、別稿の「シニア社員の更なる活躍機会の創出に向けて(継続雇用・定年延長)」でも述べた通り、数多くの課題がある。しかし、社会保障制度の先行きや労働人口の減少等を鑑みると、法整備等による公的な要請、あるいは社会的な要件から高齢人材の活用はいずれは避けて通れない道だと思われる。だからと言って、社会的責任やポリティカルコレクトネスのために高齢者雇用を推進するということではない。
ジェンダー・ダイバーシティも同じような道を辿ってきたが、企業の業績との 因果関係が不明、といった懐疑的な声もよく聞かれた。今ではイノベーションの源泉として、多様な人材を活用することは企業経営において必要なこと、と広く受け入れられるようになった。
こういった人材の育成や意識の変革というのはやはり時間がかかるため、ジェンダーの場合も、黎明期から意識的に取り組んで来たところが、今このタイミングで、例えば多くの女性幹部を育成できているのだろうと思う。
「最後のD&Iフロンティア」と呼ばれる年齢ダイバーシティ、一度考えられてみてはいかがだろうか。