今求められる「戦略的」福利厚生の展望 

自宅で勉強しながら息子がデジタルタブレットを使うのを手伝う母親の高角度像

22 1月 2024

先日、とある日系大企業の人事部長から、以下の相談を頂いた。

「現行の福利厚生制度を見直したい。中途採用者の増加や男女比率、そして家族形態の変化等、従業員層も多様化する中で、十数年以上前に導入された現行制度が従業員エンゲージメントを高める土台として機能していないのではないかと危機感を持っている」

従業員の家族形態や採用形態が多様化する中で求められる福利厚生

同様の課題意識や危機感を持つ企業は少なくないだろう。この数十年で、従業員層における男女比や家族形態は多様化している一方で、多くの福利厚生制度は、新卒主義かつ男性従業員と専業主婦で構成されたかつての家族像を前提に設計された色合いが強い。多くの企業で「受益者の偏り」は顕在化し始めており、「従業員の多様性を包含し、偏りなく従業員を鼓舞できる制度」・「従業員の納得感を高いレベルで維持できる制度」への変革が求められている。

さらに、中途採用者への比率の増加は今後も大きな潮流になると予想される。現在、日本の各企業では「ジョブ型雇用」と呼ばれる雇用管理方法への転換が進んでおり、企業が人材を社内外から適材適所で調達・配置する流れは継続していくと考えられる。こうした人材流動性の高まりの中で、企業が経営戦略を実現するためには高いスキルや経験を持った人材を惹き付け、定着させるために、福利厚生を含む企業から人材への提供価値訴求の重要性が高まっていくことは必然とも言える。

 

図1. ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の比較

出所: マーサージャパン 『ジョブ型雇用の時代を生きる』を用いて加工

従来の日本企業に見られる福利厚生制度の特徴

一方で、現在、日本で展開している企業の福利厚生制度はどうだろうか。

日本の福利厚生制度は、歴史的に日本型雇用慣行と呼ばれる終身雇用と年功序列を軸としたシステムを補完する形で発展してきた。無論、終身雇用を前提とする雇用システムでは、人材の流動性は低く、そのため、企業側に従業員への訴求力を意識するインセンティブ形成がなされてこなかったとも言える。従業員の長期定着性を主な指標としたものや、企業内労働組合との折衷案的な制度設計の傾向が強いのも日本の特徴だ。

そのため、現在の福利厚生制度も、人材獲得競争を前提とした、企業独自の戦略や一貫性をもって設計されたものというよりは、日本的雇用慣行のサブシステムとして形成された色合いが強く、結果として各社ともに「横並び」の制度設計となっていることが実情ではないか。

その証左として、自社の福利厚生制度のうち、どの制度にどの程度のコストを投下しており、福利厚生のカテゴリごとのコスト配分(ポートフォリオ)が市場全体に対してどのような特徴を持つものであるかを語れる人事担当者は僅かだろう。

福利厚生ポートフォリオ診断を通じた自社制度の特徴把握

マーサージャパンでは、2023年より「福利厚生ポートフォリオ診断」というサービスを立ち上げ、各社の総報酬における福利厚生費の割合のベンチマークや、法定外福利費のカテゴリ別のコスト配分率による特徴可視化を支援している。幸い、多くの企業より引き合いを頂いており、こうした福利厚生制度のコスト配分の特徴把握が企業にとっての課題発見のツールとして機能していることは、かねてからの日本企業の課題感を浮き彫りにする形になったのではないだろうか。また、福利厚生ポートフォリオ診断結果のフィードバックでは、いずれの企業においても住宅関連制度への偏重も課題感が多かった。こちらも今まさに見直しが始まっている領域とも言える。

前述の通り、ジョブ型雇用へのシフトや雇用の流動性が高まる中、各企業はますます人材獲得競争に晒されるとともに、人材獲得上の競合企業との差別化を図る上で、その企業の独自性に合わせて最適なコスト配分がなされた特徴的かつ戦略的な制度設計が求められていくと考える。

そのような制度設計を始めるにあたり、企業はまずは以下の二つの観点で自社制度の現状把握を進めることを推奨する。

一つ目は、現行制度のコスト・ベンチマーキングである。総報酬における福利厚生費の割合は市場水準から適切であるか、さらに、福利厚生費の内訳としての各制度への投下コストの配分(ポートフォリオ)はいかなる特徴を持っているのかは、自社制度の変革に必要な要素の示唆を与えてくれる。

二つ目は、現状の従業員属性と利用状況の把握である。現在の従業員の男女比、家族形態、新卒と中途の割合等はいかなるものかという定量的な情報は、現状把握の解像度を高めるために必要となる。現行の福利厚生に「受益者の偏り」がないかを可視化するフェーズもこの段階となる。

その先に、福利厚生制度の変革に際して、最重要のステップとして戦略的かつ一貫性を持った自社独自の福利厚生ポートフォリオの設計がある。ここで、コスト面と従業員属性の現状把握を踏まえ、企業のパーパスや経営戦略、人事戦略との整合の中で、強弱をつける部分を絞り込んでいく。無論、受益者の偏りこそ解消すべきだが、予算の制約もある中で、どの領域を強化し、どの部分を戦略的に整理するかが重要な観点となる。

経営陣との対話・合意形成のもと従業員に「想いが伝わる」制度設計を

こうした困難な議論の中で、拠り所となるのが企業のパーパスへの貢献であり、経営戦略や人事戦略等の上位戦略との整合という一段抽象度を上げた視座である。

 

図2. 理想的な福利厚生ポートフォリオの設計図

また、抽象度を引き上げた議論は、重要なステークホルダーである経営陣との合意形成において、架橋となる効果もある。福利厚生という複雑かつ既得権者も多い制度の変革には、大きなエネルギーが必要だ。その際に改革の推進者となる人事担当者の確固たる意思と、支援者となる経営陣の納得感は、車の両輪の如く、いずれも欠いてはならない要素である。

さらに、こうした経営陣との対話、そして合意形成の経緯は、変革後の福利厚生の周知に貴重な材料となる。新制度について人事担当者が、従業員へ説明を実施するにあたり、まずはベンチマークと従業員属性の分布における定量的な面から現状把握をし、最終的には企業全体が向かっていくべきパーパスや経営戦略との整合した特徴的かつ一貫した制度となっているという「骨太のストーリー」を語ることは、従業員全体の納得感やエンゲージメントを醸成する上で効果的である。

福利厚生制度の設計において、多くのステークホルダーと合意形成をしていくためには定量的な基礎づけは最低限の要素となる。しかし、福利厚生制度で企業が社内外に発信するメッセージであるとすれば、そこには従業員の「想い」に訴えかける定性的な要素も欠かせないものとなる。企業のパーパスとの整合は、「仏作って魂入れず」という言葉もあるが、まさに福利厚生制度における「魂」にあたるものであると言えるだろう。

2024年も、これまで通り人材獲得競争は激化し、福利厚生に求められるものも変化していく。今回ご紹介した考え方や関連する各種サービスが、貴社の福利厚生制度の最適化、そして見直しの第一歩を踏み出す一助となれば幸いである。

著者
山浦 拓

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