従業員を取り巻く3つの変化と福利厚生制度の方向性 

11 5月 2023

日本企業が従業員に提供する福利厚生制度は、高度成長期(1960~70年代)に骨格が形成された。その特徴は、終身雇用を前提とした「家長」重視の制度であり、住宅補助・資産形成支援・家長に何かあった場合の保障枠組みがその中心であった。また、同業他社を意識する慣行のゆえか、「右に倣え」的な似通った制度がとても多く、社会や従業員ニーズが大きく変化しているにも関わらず、大きく見直されることなく今日に至っている。

一方、従業員(新入社員や転職者)は、「働きやすさ」や「健康増進」などの観点から、福利厚生制度を重視する傾向がある。総報酬に占める福利厚生費は約2割弱と、今日に至るまで大きな額ではないが、産業能率大学が新入社員を対象に実施した調査 *1によれば、「働く上で企業に求めるものは何か」の設問に51.2%の回答者が「福利厚生の拡充」を選択し「長期的な安定性」(72.1%)、「将来の成長性」(56.6%)に次ぐ3位となっている。現代のニーズに応え、企業としての独自性も出すことで、福利厚生制度は現金報酬とは異なる魅力として人材獲得競争に寄与するものである。

*1 出典: 産業能率大学『2022年度 新入社員の会社生活調査』


世の中の変化に適切に応え続け、自社の競争力を保ち続けるため福利厚生制度の見直しが求められている。

従業員を取り巻く3つの環境変化

従業員を取り巻く環境に変化が起きれば、求められる制度が変化する。

 

図1. 従業員を取り巻く3つの環境

この3つの環境における変化が、今後福利厚生にどういった影響を与えるのか以下で述べていく。

ライフ

従業員本人の属性や世帯形態が多様化している。かつては男性が正社員として家計を支え、専業主婦の妻と2人の子供がいるという家庭が多く、福利厚生制度もそういった単一の従業員像を想定して作られた。しかし、現代では女性や65歳以上の就労も増え、障がいや病気を抱えながら働く従業員も増えている。また、世帯では共働きが増える一方、専業世帯は減るなど変化が生じている。

 

図2. 労働者属性と世帯形態の変化

従業員のプライベートライフに変化が生じると、必要とされる福利厚生も多様化していく。例えば「世帯主かつ主たる生計維持者」のみが得られる住宅関連福利厚生制度のように、単一の世帯像を想定した制度に不公平が生じていることは既に多くの企業が課題として認識している通りである。

また、家族の定義に事実婚や同性婚を含むなどの多様性への対応も多くの企業が進めている。更に進んだ例だと、出産や育児への支援だけでなく、その前段階である不妊治療に対しても金銭的補助や休暇を提供し、自社の特徴を出しつつ従業員満足度を上げている企業も出てきている。

今後は多様化への対応をしつつ、自社の特徴を出していくことがより一層人材獲得の競争力に繋がると考えられる。

ワーク

雇用慣行が終身雇用・年功序列から、ジョブ型雇用に移行するという変化が潮流としてある。終身雇用・年功序列の場合は、社内の人材は基本的に固定という前提である一方で、ジョブ型雇用の方では、人材を社内外で適材適所に配置するという考え方となるため、人材の出入りも流動的になる。

今後は、終身雇用・年功序列を前提とした内部公平性を重視したルールを見直し、流動的に出入りする様々なキャリアを持った社内外の人材に対して魅力的な制度を提供する必要が出てくる。

そういった中で、新卒から定年退職まで勤め上げることを前提とした制度は今後減少していくと考えられる。例えば、長期就労にメリットのある永年勤続表彰や、新卒から定年まで勤め上げた従業員に特別な金額が支払われる設計の退職一時金は減少していく可能性が高い。

一方で、今後は転職にて入社・退職する従業員にとってポータビリティの高い制度や、多様なニーズに合わせてフレキシブルにメニューを選べるよう制度を揃えることが福利厚生制度の魅力を高める要素となるだろう。

セーフティーネット

従業員が抱えるリスクに対する安心枠組みであるセーフティーネットにも変化が生じている。かつて充実していた社会保障は少子高齢化などの諸問題に伴い、社会保障給付費も自己負担額も増え弱体化している。

 

図3. 社会保障給付費の推移

元々日本の福利厚生制度は高度経済成長期あたりに基礎ができたものであり、当時は非常に充実した国民皆保険や盤石な年金制度が前提にあったため、セーフティーネットは国の社会保障に任せ、企業の福利厚生制度においては生活支援や長期勤続への支援、更にバブル期にはレジャー支援が流行した。昔ながらの制度を残している企業は今でもレジャー支援に少なくないコストを割いていることも多い。

一方で、社会保障が充実していない諸外国を見てみると、福利厚生と言えばこのセーフティーネット、特に医療保険が大きなウエイトを占めているのが一般的である。

例えばアメリカでも法定外福利費の中でも医療保険が最も大きい。*2

*2 出典: EMPLOYER COSTS FOR EMPLOYEE COMPENSATION - DECEMBER 2022 Bureau of Labor Statistics, US Department of Labor)


他に、筆者が以前勤務し人材採用に携わっていたマレーシアやシンガポールなどのアジア諸国でも、福利厚生の中でも医療費補助がどのくらい手厚いかは採用時に大きな競争力となるものであった。

今後日本の社会保障が更に弱体化していけば、企業がセーフティーネットの補填を強化することへの期待値は増加すると考えられる。

変化の方向性としては、レジャー支援のような「あれば嬉しいが必要ではない」類の制度より、社会保障の弱体化を補填できる、必要性の高いリスクへの備えを充実していく企業が増えるだろう。

かつての日本企業は、リスクへの備えの中でも特に一家の大黒柱である従業員の死亡リスクに注力して備えてきた。今後は社会保障の弱体化とライフやワークの多様化に伴い、死亡のみならず、健康、就業不能、資産形成などの様々なリスクに対しての支援が求められるだろう。

様々なリスクへの多様な支援を提供することになると、それを従業員自らが選択する仕組みや、選択するためのリテラシー向上のための研修なども必要となることも考えられる。

従業員を取り巻く変化への対応、競争力の確保に向けた福利厚生の見直しを

従業員の環境変化に対応しきれていない福利厚生制度が残る企業は依然として多いが、制度内容や関係者の複雑性から、対応の優先順位を上げずに見直しから取り残されてきた。しかし、ここ数年で働き方が変化し、福利厚生に関する法改正も複数行われたことで、福利厚生見直しへの意識が高まってきている。見直しに取り組みを始めた企業も出ている中で、変化に取り残されたままでいると競争力を失う事態になりかねない。今回ご紹介した考え方が、貴社の見直しの第一歩を踏み出す一助となれば幸いである。
著者
最首 花織

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