ビジネストランスフォーメーションにおける人事の役割
05 7月 2022
HRにとってのビジネストランスフォーメーション
ビジネストランスフォーメーションとは何か、という答えに対する問いは主体者に応じて種々異なるだろう。そこで、M&Aの文脈で言うところのトランスフォーメーション、「事業再編」に関する興味深い統計データをご紹介したい。下図は、レコフM&Aデータベースにて蓄積されている「事業再編」のワードを含む2000年以降のディールを時系列に並べてみたものである。
図1 : 国内企業による事業再編
出典:レコフM&Aデータベース
「事業再編」には、子会社取得や分社・分割を含めた買収も含まれているが、興味深いことに2008年~2009年を頂点として事業再編を起点とした案件数が減少に転じており、近年は10件程度に留まっている。確かに、経済危機を機に、M&Aを中心とした大きな投資はしづらくなった面はあるが、近年においてもそれが復調していないとは思えない。レコフM&Aデータベースは、公開データをデータソースとしているため、どうやら2008年~2009年を前後して、「事業再編」というキーワードそのものが使われにくくなったのではないかと推察される。
このように「事業再編」あるいは「ビジネストランスフォーメーション」というキーワードは定義が曖昧であり、使う主体者によって意味合いが異なり、それは時代と共に変わることもあり得る。ビジネストランスフォーメーションという言葉には、合併、分社、デジタル化等企業や事業にとって大きな変化をもたらすものが含まれることが考えられる。ここで視点をHRに移してみると、事業に対してこうした大きな変化が起きる際に、HRとして貢献できる部分はほぼ共通していると考えられる。それは、人事制度・処遇条件・オペレーション・人事情報システムあるいはカルチャーの統合、個社・個々の事業での最適化、それに伴った人員最適化などだ。おそらくビジネストランスフォーメーションをどのように定義しても、HRとしての貢献は大きく変わらないのではないか。本稿では、ビジネストランスフォーメーションにおいて人事がビジネスにどのような貢献ができるか、およびその課題について論じたい。
グローバル企業におけるビジネストランスフォーメーションのトレンド
前述の通り、事業再編・ビジネストランスフォーメーションの定義は、株式取得・事業譲渡といった法的なトランザクションストラクチャーと異なり、確たる統計が取りづらい分野である。また、ハードウェアとなる組織や法人の統廃合・分離が起きた場合、HRのトランスフォーメーションがどのように起きているのか外部に露出されにくく、わずかな事例に頼らざるを得ない。他方で、グローバル企業で起きている大きなトレンドに、既存株主を維持したまま自社を分社し、独立した経営陣によってそれぞれ意思決定を行い、事業運営を行うことが、増え始めている。
図2 : グローバル企業の再編例
直近のグローバル企業の再編例では、既存株主を維持して分社することで本社の意思決定から分離し、独自に最適化した仕組み・運用体制の構築を目指すケースが散見される
特に米国においてはTax free spinoff制度を利用した分社を行っており、日本においても同様なスキームでの分社が目指されたことがある。同スキームの法的・税制的な意味は専門家に譲るが、定性的な見方をすると、分社後の各企業は親会社からの支配から離れ、独自の経営陣によって意思決定を行い、事業の最適化・事業運営が行われることに特徴がある。これだけでは、やはりHRの目線からは何が行われているのか可視化することはできないが、完全に別会社となるということは、これまで同じ会社として利用してきた人事制度や福利厚生制度、人事情報システム等は原則使えなくなると推察される。通常の子会社売却や資産売却のように、一定期間共通機能はTSA等でつなぐことが予想されるが、いずれは各社が独自の制度や仕組みを導入せざるを得なくなる。
ここからは、あくまで推測ではあるが、おそらくスピンオフの結果誕生した各社は個別の製品販売やサービス提供を行っているため、事業成長に求められる人材、報酬水準、育成方法、カルチャー等全て異なる。そのため、誕生した新会社各社共に、新たな事業戦略に応じて人事制度や医療保険、年金制度を始めとした福利厚生制度、人事情報システム等を、求める人材マーケットに合わせて刷新していることが想像される。こうしたビジネストランスフォーメーションに対するHRの役割は、新たな事業戦略に則した、人を通じたトップライン(売上)の成長やボトムライン(コスト)の改善である。
具体的には、トップラインの成長は、人材要件の見直し、それに合わせた採用・教育・育成戦略の策定、カルチャー統合あるいはカルチャーアラインメント、人材アセスメントやサクセッションプランニングである。また、双方に共通となるのが、新たな人材要件にマッチした報酬制度や報酬水準の設定、医療保険を始めとした福利厚生制度の設計である。ボトムラインの改善は、これらを通じたオペレーション統合やベンダー統合、システム統合、人員最適化によるコスト削減である。これらすべてを同時に行わないまでも、一部はグローバルで同時に行っているだろう。
日本企業におけるビジネストランスフォーメーションの課題
日本企業では、法人というハードウェアの観点から上記のようなドラスティックな事業再編あるいはビジネストランスフォーメーションは起きていないのが現実である。一方、HRにおけるビジネストランスフォーメーションは、ハードルは高いものの、ハードウェア上の再編と関係なく実施することは可能だ。これまで、マーサーの数々の寄稿から同様な課題が挙がっており、読者は食傷気味の可能性があるが、まず日本企業の海外子会社における大きな課題は、併存する複数の制度・オペレーションである。
また、マネジメントの強力なスポンサーシップも必須だ。買収した海外子会社や海外現地法人の担当者を尊重するあまり、単一か国内で複数の制度や仕組みが存在し、統合が進まない例をよく見る。コミュニケーション上、各社必要な人材が異なっており、制度の詳細の理解が進まないまま必要な仕組みなのだと言いくるめられてしまうこともあるだろう。ビジネストランスフォーメーションに倣った進め方の指針としては、トップダウンから考えていくこと、①事業戦略は何か、②事業戦略上求められる人材要件は何か、これらを起点に考え、現行の制度による部分最適ではなく、事業全体を包括的に見たアプローチで進めていくことができるはずだ。以降の作業工程は膨大であり、気の遠くなる作業であるが、この2点を起点に考えれば、必要な制度や仕組みは自ずと判明していくのではないだろうか。