行政改革の押印全廃に学ぶアジャイル型変革の進め方 

08 9月 2021

コロナ禍が社会や我々の生活に影響を及ぼし始めて、早1年半ほど経過した。これを契機に企業運営においてデジタル化(DX)を促進する企業が増加し、私たちのワークスタイルも在宅でのリモートワークが中心になるなどテクノロジーの活用が進み、ニューノーマルといわれる環境下での働き方が一定程度定着化したと思われる。

ニューノーマル下でのデジタル化(DX)の進展

一方で、日本のデジタル化の進展は他国と比較して劣っているといわれており、この1~2年間で日本企業のデジタル化は進んだものの、国際的な位置付けはいまだ下位に甘んじている状況だ。2020年に発表された世界デジタル競争力ランキング(国際経営開発研究所)によると、日本は調査対象国63カ国中27位、アジア圏でも9位であり、やはり後れを取っている。DX化が遅れているというのは少し抽象的なため具体例を挙げると、契約書に代表される手続き業務の押印がある。近年では、電子署名が一定程度浸透し見直しが図られているが、それでも紙の契約書の運用は無くなっていない。紙の契約書に捺印するという過去からの慣習によるものだ。

とはいえ、コロナ禍を契機に、このような過去からの慣習をテクノロジーで変革する動きは、産業界だけでなく、行政機関においても加速度的に進められている。昨年ニュースで報道された、規制改革・行政改革担当大臣直轄チームで進められた行政手続きにおける押印手続きの廃止もその一例だ。こういった変革の支援をすることの多い筆者から見ても、かなり強烈なトップダウンで進められたと思われるが、率直にこれは非常に良い取り組み方(アプローチ)だと思う。

報道や取り組みの趣旨を鑑みるに、改革の本丸とされているのは行政手続きのオンライン化であり、その改革推進のために日本における象徴的な手続き慣習である押印を廃止し、改革全体をドライブしていくという方法である。この手の改革は、多少大げさな言い方をすると、慣習をいかに打破するか、その慣習が無くなることで影響を受ける人や仕事があることを理解した上で、いかにトップダウンで迅速に変えていくかに尽きる。報道によると、押印の原則全廃の号令をかけ、各省庁に対し廃止の判断を1週間足らずで迫ったとのことだ。まさにトップダウンである。

しかし、全てにおいてこのような進め方ができるかというと、そうもいかない。日本においては、様々な取り組みでソフトランディングが好まれる。伝統を重んじたり、急激な変化を好まない国民性や、丁寧な合意形成に基づき少しずつ物事を進めて、ハレーションが起きないようにする意思が働いているからではないだろうか。これに加えて、日本においては完璧を求めすぎる傾向があり、失敗を避けるあまり必要以上に時間をかけているように思われる。このような日本社会においても、企業は成長するために変革を進めなくてはいけない。

その1つの解として、近年、組織運営やプロダクト開発、システム開発の推進方法として採用されている、アジャイル型のアプローチで改革を推し進めることが有効と考えられる。

変革を後押しするアジャイル型アプローチ

アジャイル型アプローチとは、達成すべきゴール(実現したいことやコンセプト)を設定し、それを複数の意味のある単位に分解し、それぞれをイテレーションとよばれるサイクル(計画~設計~実装~テスト)で推進し、途中過程で発生する状況の変化や変更を反映しつつ、全体の期間を短期化した上で、早期にゴールを達成するという進め方である。最初から完璧であることを求めすぎず、想定外のエラーがあることを一定程度許容したうえで、最終ゴールを目指すことも特徴の一つである。

この進め方のメリットは、スピード感だけではなく少しずつ変化を見つつ、初期段階で想定していた出来上がりの形(製品仕様など)を調整しながら変革を進めていくことができるという点だ。途中で発生した変化や問題をうまく解消しつつ高品質な製品やサービスを作るという手法は、カイゼンを得意とする我々日本人にとっては、本来親和性の高い進め方である。

先に述べた押印全廃の話も、大きなゴールである行政手続きのオンライン化に対し、その一部分である押印廃止を先行して導入し、変革の阻害要因となっていた過去からの慣習を変え、その状況に柔軟に対応しながらゴールを目指すという、アジャイル的な進め方とも解釈できる。

そうすると、企業における改革を推進する際にも、是非アジャイルで変革を進めましょうと言いたいところだが、この進め方を実際にやってみるとなかなか難しい。アプローチから推測するに、下記のようなものがアジャイル型でうまく進めていくための要件であると思われるが、うまくいかないケースは、いずれかが満たされていないためだと考えられる。

  • ゴール(実現したいことやコンセプト)が明確であること
  • 全体像や個々のパーツの相互関連性について関係者が理解していること
  • 完全性よりも柔軟性・迅速性を重視していること
  • チーム・現場に権限が委譲されていること
  • メンバーが自身の役割・責任を理解していること
  • 関係者間でしっかりとしたコミュニケーションが取れること(時間・内容ともに)
  • ゴールに向けて、関係者間でベクトルが一致していること

アジャイル型が機能する環境・人材に必要なものとは

これだけを見ると、一つひとつは特別な要素があるわけではないが、関係者全員が上記の要件を満たすには、個々の関係者が自立したプロフェッショナルであることが求められる。これは非常に高いハードルだ。従って、アジャイル型で変革を推進していく場合は、これら要件を現場が満たせているのかをリーダーが評価し、その状況に応じてうまく取り組みが進むよう、環境・人材を整備していく必要がある。

押印全廃の例においても、トップダウンで進め変革のモメンタムを醸成し、関係者のベクトルを一致させて改革が進むよう環境を整えていったとも推察できる。これから先、DXをさらに推進する企業が増加していくと考えられる中で、一度に会社全体を変革するのは、非常に大変でリスクがありコストも掛かるため、現実的な進め方としてアジャイル型をベースとしたアプローチで進めることは有効であると考えられる。

一方で、アジャイル型で進めるための完成されたチームを最初から組成できることは現実的には難しく、初期段階ではアジャイル型が機能する環境を作ることのできるリーダーが必要となる。また、一定程度の想定外を許容し、問題に対し柔軟・迅速に対応していくスタンスや度量も求められる。

河野規制改革・行政改革担当大臣は、押印廃止について述べた記者会見で、「霞が関だってやればできるというところを見せていきたい」と発言されていた。強烈なトップダウンで推進したため、進め方についての是非はあると思われるが、これから変革を進めようとされる企業においては、参考にしていただけるのではないだろうか。

著者
磯部 浩也

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