企業のESGへの取り組みの盲点 ~企業と企業年金のアライメント~
26 7月 2021
はじめに
企業のESGへの取り組みが加速しており、毎日のように企業の気候変動への対応等がニュースになっている。その中で、盲点といえるものがある。企業が抱える企業年金におけるESGへの取り組みだ。例えば、2050年のネットゼロを目指す目標を掲げている企業であれば、企業年金の資産運用においても同様に、企業と企業年金のESGへの取り組みのアライメントが必要だろう。確定給付企業年金制度のある企業であれば、バランスシートに計上されており、企業と企業年金のESGのアライメントなくしては、企業としての真の意味でのESGへの取り組みとはいえないのではないか。
企業年金の対応の遅れの背景
企業のESGへの取り組みと比較すると、企業年金はやや慎重であり、遅れているケースが多い。これには主に受託者責任に対する懸念とリソース不足という2つの理由が考えられる。1つ目に、企業年金の運営においては、善管注意義務、企業年金の加入者や受給者の利益に反するようなことはしてはならないという忠実義務といった受託者責任があり、ESGを考慮することが投資のリターンに対してプラスの効果がある、もしくは少なくともマイナスの効果がないということを関係者に説明できないと取り組みを進めるのが難しいというものである。2つ目に、多くの企業年金が極めて少人数で運営されており、ESGへの対応という追加的な業務を行うにはリソースが足りないというものである。
企業年金との対話と働きかけ
まず、企業として行うべきは、自社の企業年金の担当者等とのESGへの取り組みについての対話および働きかけである。この際に注意しなければならないのは、企業としての考えや方針を企業年金に押し付ける、あるいは強要するということは、受託者責任の観点から問題があり、あくまでも対話および働きかけに留める必要がある点だ。また、対話および働きかけを行っている場合でも、企業年金の状況をきちんと把握せずに何かESGに取り組んでほしい、ESGの運用商品に投資をしてほしい等と伝え、建設的な対話および働きかけになっていないケースも散見される。
企業年金におけるESGへの取り組みの実施方法
主に以下の7点を実施すべきである。
- リソースの確認および確保
コーポレートガバナンス・コードの【原則2-6 企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮】として「運用に当たる適切な資質を持った人材の計画的な登用・配置などの人事面や運営面における取組み」が求められている。また、ESGの取り組みについては、従来とは異なる専門性も求められるため、企業年金のリソース以外に、企業内のESG関連の経験を持つ人材、外部のコンサルタントの力を借りるという方法も検討すべきであろう。
- ESGに対する考え方、方針の策定
企業と企業年金の関係者で議論のベースとなる基礎的な知識を得るために、企業年金におけるESG投資についての勉強会を行う。そして、企業と企業年金の関係者で、お互いのESGに対する考え方や対応等を理解する場を持つことが必要だ。その後、関係者で議論を行い企業年金としてのESGに対する考え方、方針を策定する。この際、特にESGへの取り組みがリターンを犠牲としないのかという点についての整理が重要となる。
- ESGに対する考え方、方針の明文化
企業年金の担当者の異動により、策定したESGに対する考え方、方針が時間とともに風化していくこと等を防ぐために、それらを企業年金の運用基本方針等に明記することも肝要である。マーサーの調査1によると、ESGへの取り組みが進んでいる欧州では、88%がESGに対する考え方、方針を運用基本方針に記載している。
1Mercer “European Asset Allocation Insights 2020”
- 現状分析および計画の策定
企業年金の資産運用における現状分析を行うことが求められる。具体的には、採用している運用商品のESGへの取り組みの評価、カーボンフットプリントの分析等である。そして、分析結果に基づき、今後の計画の策定を行う。
- 改善策の実行
策定したESGに対する考え方、方針および現状分析と今後の計画に基づいて、採用する運用商品の入れ替え、追加等の改善策を検討し、実行する。
- モニタリング
策定したESGに対する考え方、方針、計画に沿ってESGの取り組みが行われているかについて、少なくとも年1回の定期的なモニタリングを行うことが必要である。具体的には、現状分析で行ったような分析、パフォーマンスの分析等が含まれる。
- 従業員等へのコミュニケーション
従業員等に理解してもらうことも重要である。企業年金を含む全社的なESGへの取り組みを理解してもらうことが、長期的にはESGに対して高い意識を持つ若い世代のエンゲージメントを高める、優秀な人材のリテイン、リクルート等の効果を生み出すことが期待される。
おわりに
企業年金におけるESGへの取り組みには課題が多くあるが、まずは企業から企業年金に対話および働きかけを行い、関係者によるESG投資についての勉強会の開催と簡単な現状分析から始めるのが良いだろう。企業としてのESGへの取り組みの盲点である企業年金とのアライメントを進め、真の意味でESGに取り組む企業が増えることに期待している。
著者
五藤 智也
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