事業ポートフォリオ大転換を実現する「事業再編型M&A」~日系自動車グループに焦点を当てて 

9月 25, 2020

大転換期を迎える自動車業界

自動車業界では、内燃機関という100年間続いたコア技術がノンコア化し、技術的蓄積やすり合わせを要しないモーターが動力源の主役になりつつある。主要国の政策目標では15年間で50%程度の電動化率(台数)を達成する予定であったが、最近、ある欧州自動車メーカーが2025年には60%の車種の電動化と世界販売台数の40%をEV・HV化する中期計画を発表し、当初想定よりも速いスピードで電動化が進む可能性が出てきた。

また、変化は動力源だけに止まらない。各国の都市部では自動車は所有する「モノ」から移動サービスの「媒体」へと、社会的な存在意義が既にシフトしつつある。サービスは標準化されなければならない。そこで主役となるのはセンサリング、データ通信技術、ソフトウェアと完全デジタル化した統合電機制御によるセーフティ・モビリティサービスである(図参照)。

つまり自動車をとりまく技術的・社会的な変化は、環境規制への対応だけではなく、自動車業界の競争ルールを書き換えるゲームチャンジャ―となる可能性が高い。

事業ポートフォリオの大転換の最大の障害は「人材のグループ内囲い込み」

日系自動車グループが、このゲームチェンジに対応していくためには、事業・機能の大改革を素早く断行しなければならないが、それは同時に人材の入れ替えも意味する。しかも、この大転換は人材の流動化レベルの話ではなく、内燃機関事業部そのものをグループ外へ移行させ、他グループの同事業と合併させるような大規模な取り組みになる。

筆者は自動車業界の関係者、自動車を専門とするバンカーともよくコミュニケーションを図っているが、日系自動車グループの改革が遅い要因としては、「社員の雇用に対する経営者のこだわり」が大きいようだ。事業は転換しても、人材はグループ内で留め置きたいとする「メンバーシップ経営」、さらには「家族経営スタイル」から経営者が抜け出せていないように思える。

事業再編型M&Aを活用せよ

事業ポートフォリオの大転換で注目すべき手段は、事業再編型M&Aの活用である。事業再編型M&Aは、グループ内の再配置や要員調整によるリストラ型の事業・人材ポートフォリオの組み換えと異なり、切り離す事業がさらに成長する機会を提供する。

すでに製薬業界では、事業再編型M&Aに部分的に成功している。この5年間で、日本の大手製薬企業は、製造機能をCMO(医薬品製造受託会社)へ売却し社員も移籍させた。これにより、付加価値生産性の低い製造機能を切り離し、創薬技術の導入や外資系とのJV設立、研究開発体制の強化、学術情報の提供・副作用情報の収集による医学会・患者の信頼獲得など、本来注力すべき分野へ経営資源をシフトすることができた。

この大改革の成功要因は、切り離された製造機能の社員の多くが、最終的には移籍に対して納得したことにあると筆者は考える。CMOは各社の製造機能の取得と長期供給契約の締結により、安定した事業基盤を確立するだけでなく、規模の拡大による原価低減、大手各社の製剤技術の集積による技術優位性の獲得、ベテラン製造社員の獲得により、その業界地位を飛躍的に向上させた。何より、社員が今まで培った製造スキル、品質管理技術、製剤技術を引き続き生かし、活躍し続ける社会基盤を作ることに成功したことが社員の満足度につながった。

今こそ、人材を囲い込む「家族経営スタイル」から脱却する時

製薬業界の成功事例から学ぶことは、企業の中で付加価値生産性の低下した事業・機能は、グループや業界の垣根すら越えて、集約化・大規模化させ、スケールメリットと技術集積による新しい技術優位性を確立するしかないという事である。また、同時にプロフェッショナルとしてその事業や機能に長く携わってきた社員が、今まで蓄積してきた能力を活かし続ける唯一の方法でもある。経営者は、グループ内に社員を留めおくことが本当の社員の幸せなのか、持続的な労働力としての価値、経済的な安定性を保障する最善の手段なのか、是非再考をお勧めしたい。

経営者が家族経営スタイルから脱却し、事業再編型M&Aにより、社員が蓄積してきたスキル・技術をフルに使って活躍し続ける場をグループ外に作ることができれば、経営戦略の最大の制約条件から自由になる。現在、はるかに速いスピードで事業転換を進める欧州や中国の自動車グループに対して、日系自動車グループが勝ち残る選択肢を増加させることにつながる。

そのためには、単に事業を切り離すだけでなく、その事業が自立した基盤を確立するまでに、グループによる対事業、対社員への様々なサポートは必要であろう。また、社員の納得を得るのも容易ではない。しかし、経営体力のある今だからこそ、労使ともに痛みを最小にしつつ事業・機能の再構築を進められるのではないだろうか。

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