新たな章のはじまり

社員に制度の納得感をもたらすFaciloの総報酬サーベイ活用 

急成長中の不動産テックスタートアップが人事制度に込めた思いとは?

不動産仲介のDXを支援するクラウドツールを武器に急成長を続ける株式会社Faciloでは、今後の人員拡大に備えて、等級・報酬・評価を三本柱とする人事制度を策定した。その際に参照したのが、マーサージャパン株式会社が提供する総報酬サーベイのデータ。

今回はFaciloの趙愛子氏、民部直章氏と、マーサージャパンの増渕匡平、浜田伸樹による対談を実施。人事制度のベースとなった企業哲学や、スタートアップ企業が本格的な人事制度を策定・運用する意義について語り合った。(以下敬称略)

※HRプロ転載記事
※所属・役職はインタビュー時のものです

趙 愛子氏

株式会社Facilo VP of HR

音楽大学を卒業後、テレビ局報道記者、外資系医療機器メーカー営業を経てリクルートに入社。SUUMOの営業、HR、事業推進マネージャーを経てリクルートホールディングスにて働き方変革推進プロジェクト、次世代人材開発などに12年間従事。2021年、メルカリに入社し、Talent Managementチームの立ち上げ、Inclusion&Diversity(I&D)Headとして、日本企業初のジェンダー平等に関する国際認証EDGE assess取得や男女間賃金格差是正プロジェクト等をリード。2024年よりFaciloに参画。人事全体を統括する立場を担っている。

民部 直章氏

株式会社Facilo HR Executive

新卒でケーブルテレビ運営会社に入社。加入促進営業に携わる傍ら、社内人事制度改訂プロジェクトの参画をきっかけに、人事の役割・価値発揮について興味を持ち、外資系人事戦略コンサルティングファームに転職。主に外資系化学・製薬会社の人事報酬制度及び福利厚生制度の調査/設計に従事。Googleでは、日本法人の人事チーム立ち上げ、APACや米国のPeopleOperation部門との連携を推進。Twitter Japanでは、APAC人事ヘッドとして、日本及びアジア各国の組織立ち上げ、文化醸成施策の展開を担った。2024年よりFaciloに参画。社員の働きやすい環境整備に尽力している。

増渕 匡平

マーサージャパン株式会社 プロダクト・ソリューションズ部門 代表

日系証券会社の営業部門および人事部門を経て、2010年にマーサージャパン入社。総報酬サーベイに関する、既存顧客の運用支援や新規顧客の導入支援に従事。2021年にプロダクト・ソリューションズ部門の責任者に就任。日本で3,000社を超える同部門のクライアントに対して、組織人事領域における典型的なイシューを特定し、標準化されたソリューション(プロダクト)を通じて支援している。

浜田 伸樹

マーサージャパン株式会社 プロダクト・ソリューションズ部門 カスタマーサクセス シニアマネージャー

新卒で日系大手印刷会社に入社し、営業として活躍。その後、日系SaaSベンダーに転職し、カスタマーサクセスを2年経験した後、2022年2月マーサージャパンに入社。総報酬サーベイを中心とした報酬・福利厚生関連プロダクトのカスタマーサクセスとして、契約されたクライアントの活用および継続支援をメインに担当。


人事制度には“どんな思想で社員に向き合うのか?”が反映されるべき

増渕:マーサージャパンでは、参加企業からご提供いただいた報酬データを、各社が汎用的に活用できるようにデータベース化し、業界別、企業規模別、職種・職位別、ジョブといった複数の切り口を掛け合わせて比較分析できるプロダクト『総報酬サーベイ』を提供しています。Facilo様は、人事制度を策定するにあたってこの『総報酬サーベイ』を活用してくださいました。その経緯について、改めてお聞かせください。
趙:我々のようなスタートアップ企業には、人事制度がなくても勢いで走れる時期があります。しかし、組織が成長すれば“納得感のある制度”が必要とされる瞬間が来るのは明らかだと考えていました。
そのタイミングが来るのを待つよりも、先回りして制度を整えておくべきではないか。まだ大きな問題が生じていたわけではないのですが、メンバーから「どうすれば報酬が上がるのか見えない」という声もちらほらと聞こえてきたこともあり、早めに検討を始めておきましょう、という議論が人事制度策定の出発点です。

民部:私が入社した当時は社員20人くらいの組織だったので「まだ制度策定は早いよ」などと話していたのですが、それから採用が加速度的に進み、いまや60人規模になりました。しっかりとした人事制度の下で働いていた経験を持つ社員も増えて、社内の意識も変わり始めています。

今後も成長していくことは明白でしたから、もう勢いで乗り切るのは限界です。社員みんなが納得できる制度、透明性があり、フェアな形で自分が評価され、報酬に反映されるような仕組みが必要です。タイミング良く人事制度の運用経験豊富な趙が入社し、マネジメントからも制度策定に対する期待の大きさを感じていたため、ではガッツリやりましょうとディスカッションを始めたのが、2024年10月のことでした。

趙:私と民部、それと経営陣3人で毎週のように議論を重ね、外部に委託することなく、100%インハウスで制度設計に取り組みました。制度は「等級」、「報酬」、「評価」の3つを柱としていますが、単なる枠組みではなく、成長戦略を体現する仕組みとしてゼロベースから設計しました。

また議論の際には、まずは社員100人までのフェーズを考える、というのが最初の目線合わせでした。たとえば「等級」は7段階に分けてあるのですが、これも100人までのフェーズが前提で、今後は必要に応じて刻んでいくこともあり得ます。

民部:今後、会社組織としてのあり方が変化するとしたら社員100人くらいがターニングポイントになるのではないか。その範囲で考えた制度というわけです。
増渕:ディスカッションにおいては、御社のVMV(VISION/MISSION/VALUES)も強く意識されたと伺いました。

趙:議論を進める上で直面したのは「どんな思想で社員に向き合うのか?」という点でした。たとえば報酬水準や昇給率は、単なる数字というより「Faciloがどのような人を惹きつけ、どんな成長の土壌を用意しているのか」ということを可視化する指標だと思います。競争力のある報酬水準であることはもちろん、企業として人をどう捉えるのか、その思想を反映させなければなりません。そこで立ち返ったのがVMVなのです。

全社員が山中湖で合宿をして「自分たちは今、何を大切にしているのか?」といったテーマで議論してキーワードを出し合い、それをもとに経営やHRなどのチームで策定したのがVMVです。

  • VISION
    住みかえを軽やかに、人生を鮮やかに。

  • MISSION
    人の価値を中心にプロダクトを育み、不動産の顧客体験を進化させる。

  • VALUES
    誠実に向き合う
    プロとしてやりぬく
    最速・最短でいく
    挑戦を楽しむ
各等級の定義には、さまざまな考え方があると思います。たとえば成果。ただ我々の現時点の状況では、成果は本人の頑張り以上に会社の事業フェーズや外部環境の影響を大きく受ける可能性が高く、これを求めるのは誠実ではありません。それよりも、その人に何を期待するのか、どんな人物像を求めるのか、つまり期待役割と行動プロセスで定義すべきではないか。そこで、行動プロセスについては4つのVALUESをもう少し具体的かつ日常的な行動に落とし込んで言語化し定義しました。
増渕:等級制度を「マネジメントコース」と「プロフェッショナルコース」に分けた背景には、どのような考えや課題意識があったのでしょうか。 
趙:VALUESでは「プロとしてやりぬく」や「最速・最短でいく」を掲げています。これを具現化しようと思えば、たとえばマネージャーにならないとキャリアアップできない制度ではいけません。各部門のプロとしてキャリアを積んでいける仕組みであることが必須です。
民部:エンジニアの多くは、自分の力で業績を上げていきたいというフィロソフィーの持ち主です。「必ずしも全員にマネジメントを求めているわけではありません。プロとしてその道を極めてください」という形にしたことで、納得感も出ているのではないかと思います。
増渕:さらに個人ごとの評価は行わない「ワンチーム評価」というシステムが、かなり特徴的だと感じました。

趙:弊社では、プロダクトを中心に置いて、エンジニアも営業もカスタマーサクセスもワンチームとなって働いているのが現状です。そこでは突出した個人プレーよりも、チームとしての成果に貢献できるかどうかを重視したいと考えました。

そこで、「個人のレーティングはしません。その代わりチームとしての数値目標を半期ごとに設定し、それをクリアできれば目標達成率に応じて全員一律で昇給します」という形を採りました。

個人評価には工数もかかりますし、そのコストに見合うだけの効果を得るためにはマネジメントに求められる力量も大きくなります。現時点では「同じ目標に向かってみんなで進みましょう」という手法の方が、むしろポジティブに捉えてもらえるはずと考えたのです。社員からの反応も上々でした。

民部:実際には議論がかなり行ったり来たりしました(笑)。これもまた「現時点の評価として何が誠実か?」と、VALUESに立ち返って考えた結果が「ワンチーム評価」なのです。

信頼性と透明性のあるマーケットデータが制度に納得感をもたらす

増渕:「等級」と「報酬」を紐づけるにあたってマーサ―ジャパンの『総報酬サーベイ』をご活用いただいたわけですが、『総報酬サーベイ』では、特定の企業群を10社以上ピアグループとして設定し、その報酬水準を比較することができます。御社では、どのような基準でピアグループを選定されたのでしょうか。
民部:いわゆるハイテク分野のSaaS系やソフトウェア系企業が中心で、社員には「我々と同程度のフェーズにいるスタートアップより、みんなが知っている有名な会社と比較しています」と伝えました。また、ピアグループで確認した報酬水準の正しさを検証するために、幅を広げてハイテク産業を条件にしたデータ抽出も並行して実施しました。
趙:弊社では大手からの転職も一定数あるため、必ずしもスタートアップ企業だけを対象にする、というよりも規模の大きい会社との比較も重要でした。

民部:実は社内に「この仕事、このレベルの市場の報酬水準は、おおよそこのレンジだろう」という数字があり、以前はそれをもとにオファーしていました。ただし正確なマーケットデータではなく、あくまで過去の採用活動を通じて得た感覚的なものです。

今回は、透明性も納得度も高いデータを使うべきと考えてマーサ―ジャパンさんの『総報酬サーベイ』を利用させていただいたのですが、それまで使っていた数字とそれほど大きなギャップはなく、我々の感覚は正しかったようです。ですので「等級」と「報酬」の紐づけにも、プラスアルファの労力は要しませんでした。各等級の定義についてもマーサージャパンさんは細かな職務定義書をお持ちなので、それほど苦労はありませんでした。

趙:「競争力のある報酬水準」というポリシーのもとに『総報酬サーベイ』のデータをチェックし、どの等級の報酬も市場水準を下回らないよう最終調整した、というイメージです。「等級」と「報酬」の関係を説明する際には、マーサ―ジャパンさんのマーケットデータを参照していることを社員には伝えています。
増渕:この人事制度は社員の方々にどのように説明されたのでしょうか。その際に特に工夫された点があればお聞かせください。
趙:人事制度の社員向け説明会を、1時間×2セット実施しました。HRからではなく、CEO自らが制度の説明はもちろん、その前段として、私達は今どんなビジネス環境に置かれていて、どんな未来を目指していくのか、そのために社員に何を期待し、どんな機会を提供していきたいのかといったメッセージの発信に力を注ぎました。
浜田:CEOご自身が制度の背景から丁寧に語られたことは、貴社がVMVで掲げる「誠実に向き合う」を体現されていてとても素晴らしいですね。社員の皆さんからはどのような反応や声があがりましたか。特に印象的だったコメントなどがあれば教えてください。
趙:説明会の後にはアンケートを実施しています。「自分の貢献が事業成長と報酬にきちんと連動している実感が持てそうで楽しみ」、「Faciloの設計粒度の高さは群を抜いている」、「報酬や評価の制度がカルチャーと繋がっていることを感じた」、「会社の成長をみんなで分かち合える制度で、昇給の機会も多く、前向きに取り組めそう」などのポジティブなコメントがたくさん寄せられました。「マーサージャパンのような信頼できる外部データをもとに設計されていることが納得感を高めている」という声もありましたね。

スタートアップだからこそ人事制度に魂がこもる

増渕:御社のようにアーリーステージにあるスタートアップが人事制度を導入するのは時期尚早とする考えもあると思います。そんな中、Facilo様は現状の良い状態を今後の変化を乗り越える土台として仕組み化するべく制度を導入されました。アーリーフェーズのスタートアップが、早期に本格的な人事制度の設計に取り組む意義について、どのようにお考えでしょうか。競争力の観点に加えて、御社ならではの意識されていた点があればぜひ教えてください。

民部:単純に競争優位性だけを考えるのではなく、現時点での事業フェーズと未来予測を踏まえて、自分たちが目標とすべき水準はどこなのか、それを実現するための事業計画はどうあるべきか、どんな人事制度がふさわしいのか、そうしたロジックをしっかり持つことが大切だと思います。

それから、各社員の等級は制度設計に携わったCxO全員が議論して決めたのですが、これは50人規模だから可能だったといえるでしょう。オンライン環境とはいえ、誰がどんな役割で動いているのか全員把握できる組織規模でしたので、意見が大きく食い違うことはありませんでした。

趙:人事制度をゼロから議論し、最も理解が深いCxOで全員の等級を決めようとすると、やはり50人から60人が限度だったかもしれません。

浜田:このタイミングで制度を作るからこそ、人が増えたときにもベースとして機能する土台が作られる、ということもあるでしょう。

たとえばセールスリードで成長しているスタートアップ企業では、エンジニア側の人材が制度面でないがしろにされ、離職が増えてしまうケースもあるようです。慌てて「やはりエンジニアサイドの環境整備も大切だよね」と制度を変革しようとして苦戦することになるわけです。逆もまた然り、ではあるのですが御社では、そのあたりのバランスや文化醸成についてはどうお考えなのでしょうか。

趙:ざっくりですが、約60人の社員のうち、プロダクト/エンジニアが35%、セールス/マーケティングが25%、カスタマーサクセスが25%、残りがコーポレート部門といった割合で、どこかの部門が極端に多いわけではなくバランスはいいと思います。

またFaciloでは職種をまたいだコラボレーションが活発で、営業活動に関心の高いエンジニアが多かったり、エンジニアとカスタマーサクセスのコミュニケーションが密だったりと、特定の職種やカルチャーだけが強いという印象はありません。

浜田:多くの企業事例を見ている中で、「社員数が100人を超えるあたりから、カルチャーや制度へのギャップが徐々に表面化するケースをよく目にします。そうした意味でも、「100人までのフェーズで制度の土台を整えておく」ことの重要性を改めて感じました。

増渕:御社の場合、他のスタートアップ企業ではなく、誰もが知る大手の報酬データを参照されたということですが、我々は2025年『スタートアップサーベイ』を立ち上げました。設立20年以内、または上場10年以内という定義で、幅広いスタートアップの皆様にご参加いただいています。

こうした新しいサーベイを立ち上げたときは、初年度は20社から30社が集まれば良いほうですが、スタートアップサーベイは初年度から50社を超えました。スタートアップ業界においても、従来からあるアンケート形式のようなレポートデータだけではなく、このような報酬データベースの活用が広がり、各社の成長を支える一助になっていくことを期待しています。

浜田:SaaS系に限らず、大学発ベンチャーやライフサイエンス・バイオ系など、さまざまな業種・規模の企業が参加しており、スタートアップの多様な実態を反映したサーベイになろうとしています。
民部:すごくありがたい試みですし興味のある分野なので、いいサーベイデータになるよう、我々も貢献したいところですね。

次のフェーズに向けて課題や情報の交換・共有は不可欠

増渕: Facilo様がひとまずの区切りとされた「社員数100人」は、いつ頃の到達になりそうでしょうか。

民部:2025年度内ということも、あり得ます。幸いにもFaciloの認知度が上がり、採用への応募者数も増えていますので、せっかく作った制度を早々に見直さなければならなくなる可能性はゼロではないと考えています。

100人、200人、300人となっても現在の制度を運用していくことは可能だと思いますが、最終形ではないことは確かです。次のフェーズに向けてしっかりとメンテナンスし、企業の成長とともに社員の期待に誠実に応えていくための議論を進めていく必要がありそうですね。

趙:その際には、人事制度は企業がどんな姿勢で人と向き合っていくのかを映し出す、経営の本質に関わるテーマだという視点は忘れないようにしたいと思います。人口が減少するなかで、求める人材に選ばれ、その人材が活躍できるように、制度の論拠となる考え方やデータを積極的に開示する必要もあるでしょう。
マーサーさんには、引き続きマーケットデータをご提供いただき、必要に応じてデータの使い方の相談もできればと思います。
浜田:引き続き、データの活用促進については必要に応じてディスカッションさせていただければと思います。また『スタートアップサーベイ』については、2026年以降は参加していただく企業様を2倍、3倍と増やしていけるよう、各社の交流を含めたイベントも企画できればと考えております。
民部:我々としては、多くの企業様と課題や情報を交換・共有したいところです。マーサージャパンさんはラウンドテーブルで他社様とディスカッションできる機会を用意されていらっしゃいます。ぜひ今後も企画してほしいです。

増渕:マーサージャパンとしても、さまざまな企業様のネットワークを広げつつ、『スタートアップサーベイ』を起点として各社の悩みや課題を把握していくような活動に取り組みたいと考えています。Facilo様のように、制度設計に真摯に取り組まれるスタートアップの事例は、多くの企業にとって示唆に富むものです。マーケットデータを企業の成長にどう活かすか、共に考えていける存在でありたいと思います。

本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。

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