DeNAが報酬サーベイ活用で目指す従業員の評価と報酬体系
会社成長の源泉である人材に、フェアな報酬で大胆に応えたい
今年、約10年ぶりに人事制度の見直しに取り組んだ株式会社ディー・エヌ・エー。その過程ではマーサージャパン株式会社が提供するハイテク報酬サーベイのデータを参照したという。
今回は株式会社ディー・エヌ・エー ヒューマンリソース本部の有園桂氏、島崎絵理氏と、マーサージャパンの増渕匡平氏、浜田伸樹氏による対談を実施。報酬水準の設定におけるDeNAの哲学やサーベイデータを参照する際のポイントなどについてお伝えする(以下敬称略)。
※HRプロ転載記事
有園 桂氏
株式会社ディー・エヌ・エー
ヒューマンリソース本部 人事部 部長
小売業界のベンチャー企業にて店舗運営/子会社運営を経験後、20代後半より新卒採用担当者を機にHRの道へ。その後、ITベンチャー、外資系銀行などでの人事経験を経て2018年にDeNA入社。入社後は、複数部門のHRBPを担当し、2019年2月より部内のグループマネジメントも担当。2023年から人事部に異動し、労務や給与をはじめ、従業員の評価・報酬制度の企画を担当している。
島崎 絵理氏
株式会社ディー・エヌ・エー
ヒューマンリソース本部 エンゲージメントプラットフォーム部チームエクスペリエンスグループ
2010年DeNAに新卒で入社。EC事業やゲーム事業などでバックオフィス業務の経験を積んだ後に、2015年より人事部に異動。評価・報酬制度の運用をはじめ、幅広く各種制度運用を担当。2019年からはヘルスケア、スポーツ・スマートシティ領域のHRBPも兼任している。
増渕 匡平
マーサージャパン株式会社
プロダクト・ソリューションズ部門 代表
日系証券会社の営業部門および人事部門を経て、2010年にマーサージャパン入社。総報酬サーベイに関する、既存顧客の運用支援や新規顧客の導入支援に従事。2021年にプロダクト・ソリューションズ部門の責任者に就任。日本で3,000社を超える同部門のクライアントに対して、組織人事領域における典型的なイシューを特定し、標準化されたソリューション(プロダクト)を通じて支援している。
浜田 伸樹
マーサージャパン株式会社
プロダクト・ソリューションズ部門 カスタマーサクセス/マネージャー
新卒で日系大手印刷会社に入社し、営業として活躍。その後、日系SaaSベンダーに転職し、カスタマーサクセスを2年経験した後、2022年2月マーサージャパンに入社。総報酬サーベイを中心とした報酬・福利厚生関連プロダクトのカスタマーサクセスとして、契約されたクライアントの活用および継続支援をメインに担当。
マーケットと乖離した報酬水準は、人材が“狙われる”リスクを呼ぶ
増渕:『総報酬サーベイ』は、参加企業からご提供いただいた報酬データを、各社が汎用的に活用できるようにデータベース化し、業界別、企業規模別、職種・職位別、ジョブ別といった複数の切り口を掛け合わせて比較分析できるプロダクトです。その『総報酬サーベイ』から派生する形で存在するのが『ハイテク報酬サーベイ』となっております。エンジニアなど、よりハイテク人材に特化した職種の報酬水準を確認することが出来るのが特徴です。
株式会社ディー・エヌ・エー様は『ハイテク報酬サーベイ』をメインでご利用されています。その経緯を、まずはお聞かせいただけますでしょうか。
有園:DeNAはそれまでのEC事業やモバイルゲーム事業に加え、2010年代の前半、横浜ベイスターズを子会社化するなどさまざまな分野に進出し、大きく成長しました。その後も、ヘルスケアやメディカル領域、オートモーティブ、ライブコミュニケーションアプリの『Pococha(ポコチャ)』、スポーツでいえば川崎ブレイブサンダース(バスケットボール)やSC相模原(サッカー)の運営、ひいてはスポーツラまちづくり事業など、多彩な事業にチャレンジする会社であり続けています。
また、非連続的な事業の成長を志向する際に大事にしてきた考え方として「大きな成果を出した人に大きく報いたい」というものがあり、一つの大きな軸となっています。
その一方で、人材の多様化も進み、各種人材の報酬レベルが適正値にあるのか、市場に対して競争力があるのかを確認・検討する必要が生じたため、マーサーさんのデータを活用し、2013年の人事制度(グレードや給与テーブル改定)に役立てたのがきっかけでした。
その後、しばらくは大きな問題なく運用できていたのですが、事業のポートフォリオが拡大していく中、カバーが難しいケースが見られるようになってきました。とりわけエンジニアという職種の重要性はこの10年でも飛躍的に高まり、市場の実態も劇的に変わっています。職種別・役割別の報酬水準を市場と比較するなかで、エンジニアを中心に「充分に勝っているとは言い難い」、「再検証しなくてはいけないんじゃないか」という状況になってきたのです。
島崎:市場に対して競争力がないと、当然、他社から“狙われる”ことになります。実際DeNAのエンジニアがピンポイントで狙われている実感はありました。また、その他の職種でも「このままでは…」という感覚を抱くようなケースも出てきました。では、どういう報酬水準を用意すればいいのか。最新の市場感を参照したい。そういうニーズが出てきたわけです。
とはいえ対策は打たなければならないので、改めてサーベイに参加し、いただいたデータを昇給などに活用し始めたのが2020年あたりでした。『総報酬サーベイ』はもちろんのことですが、ハイテク業界に特化した『ハイテク報酬サーベイ』においてもマーサーさんが先行されているので、我々にとってもっとも有用なデータだと考えています。
元々DeNAは、年齢や年次に関係なくパフォーマンスに応じて大胆に処遇する文化なんですが、データも活用することで客観性のある大胆な処遇を行うことができるようになりました。1回の半期評価で100万円以上の年俸アップをする社員は毎回出てきますし、新卒5年目で年収1000万円を超える若手社員も珍しくありません。もちろん彼らのパフォーマンスと努力が素晴らしいからなのですが、データの活用により我々も自信をもって処遇することができています。
公平・公正な評価と、グレードに見合った報酬体系をより精度高く実現するために
増渕:事業ポートフォリオが変化していく中で、今までになかった職種や役割が求められるようになったとも言えるのでしょうか。
有園:ヘルスケアや不動産系のニーズは以前よりも高まってきています。ただし、DeNAが大事にしてきた、モノづくりの文脈での市場の活発な動きはきちんと捉えておきたい思いは強いです。例えばソフトウェアエンジニアリングの世界では、次々と新しい開発スタイルや技術が出てきます。そのため、これらのスキルを持つエンジニアが求められるようになっています。また、製品の開発戦略を主導し、ユーザーのニーズに応える「PdM(Product Manager)」やUIデザイナーも重要度を増していますよね。
浜田:PdMやモバイルアプリ開発といった特定の職種は『ハイテク報酬サーベイ』でのみご確認いただける職種です。『総報酬サーベイ』でも一定の開発系職種の確認はできますが、社内ITも含めたような、やや幅広い意味合いの職種となってしまいます。
また、マーサーの『総報酬サーベイ/ハイテク報酬サーベイ』では、職種を「ファミリー」、「サブファミリー」、「スペシャライゼーション」という3つの階層で分類しているのですが、特定の環境で力を発揮できる人材となると、もっとも細分化された「スペシャライゼーション」でデータを見ていくことになるかと思います。
有園:ただ、あまりに細かく職種や役割を区切ってデータを見ていくのは現実的ではありません。参照できるデータ数との兼ね合いもありますし、事業状況の変化や社員のキャリアチェンジにも柔軟に対応したいですね。
有園:はい、そのため職種別のデータを見る際には「スペシャライゼーション」を基本の設定としながら、中間の階層の「サブファミリー」単位でも設定しています。目的に応じてベンチマークする職種の粒度を変えることが出来るのも『総報酬サーベイ/ハイテク報酬サーベイ』の良い点だと思います。弊社では、報酬はあくまでグレードによって決まります。そのグレードに求められる期待値を満たしているかどうか、満たしているなら他社や市場と比べて競争力のある報酬水準を用意できているかどうか、という点が重要です。
ですが「今のグレードで出せる報酬はここが限度」を押し通すと、職種間の市場水準のバラつきに対応しきれない恐れが出てきます。そこでグレードごとに階段状となっていた報酬水準に、ある程度の幅を持たせ、上位のグレードと下位のグレードの報酬水準を一部重複させました。
これによって、同じグレードでも専門性や市場価値の違いに対応できることになります。もし市場水準に無理に合わせるためにグレードを上げてしまうと、求められる期待値も今の実力よりも過度に上がり、バランスが取れなくなるという事態に陥ってしまいますからね。
増渕:グレードを上げるかどうかはマネージャーなどの評価が元になるわけですよね。
有園:評価者にはこの考え方を踏まえて評価してもらい、あがってきた評価案をもとに一人ひとり判断していきます。
島崎:DeNAでは『Moonshot』という内製の評価ツールを使用しています。HRテックのチームでもともと目標管理ツールとして開発したものに評価機能をプラスしたものです。我々は評価にはしっかりと工数をかけていますが、このツールのおかげで現場との情報共有もスムーズになりました。
有園:加えてマーサーさんのハイテク報酬サーベイデータを「今の市場感はこういった状況です」と評価者に提供しています。市場の情報も参考としながらパフォーマンスに応じた評価や報酬決定を行うことで「正しく遇したい」と従業員にも伝えています。
増渕:公平であること。また「あなたのグレードを上げます。その分、会社としての期待値は上がりますよ」ということも伝える。そんな運用になっているわけですね。グレードは全職種共通なのでしょうか。
島崎:グレードは全職種共通で、求められるレベルごとに個別グレードの定義を分けています。
浜田:いわゆるディスクリプションですね。マーサーの『総報酬サーベイ/ハイテク報酬サーベイ』でも職種やグレードごとの役割定義を提供しています。参考にしていただけているのでしょうか。
島崎:はい、かなり参考にさせていただきました。
有園:サーベイのデータを継続的に参照しようと思えば、DeNAの実情とマーサーさんのディスクリプションの間で整合性が取れていなければなりません。実は10年前の制度改定の際にも参考にさせていただきました。ですから、マーサーさんの定義に新たに合わせたわけではなく、我々が考える新しいグレード定義の妥当性を確認させていただきました。
マネージャーもスペシャリストも存分に力を発揮できる環境と体制を作る
増渕:職種ごと、グレードごとの報酬水準確認・見直しのほかに、今回の改定での大きなポイントは何かありますでしょうか。
有園:今回、従業員に適用するコースを2つに分けました。以前は、同じグレードの中にマネージャーもプレイヤーも混在していて、特に制度上の区別もありませんでした。ただ、事業ポートフォリオや人材のパターンが広がるにつれて、マネジメントの重要度と難度は上がっています。そのため、マネジメントにチャレンジしている人たちの期待値やキャリアパスを明確に示さないといけないという課題感を持つようになったのです。
そこで「マネジメントコース」と「プロフェッショナルコース」を設定し、どちらのコースで自分のキャリアを考えていくか従業員自身が選べるようにしました。マネージャーの役割を担う人は、その前提で評価し、グレードと報酬を決める、というものです。
もちろん「プロフェッショナルコース」の人はその分野のスペシャリストとして公正に評価します。「マネージャーの方が偉い」わけではないですし、キャリア自律の観点から自発的なコースの変更も認めています。
有園:この制度の説明会を開いたところ「マネジメントコースに進んだら、プレイヤーではいられなくなるのか?」という声があがりました。
島崎:DeNAの従業員は昔から“プレイング・マネージャー”が大好きです(笑)。
有園:プレイング・マネージャーは重要で多くのマネージャーの出発点ですが、成長していくにつれ担う組織も大きくなり、チームに対してどれだけレバレッジを与えて大きな成果を出していくかという期待役割も大きくなってきます。今回マネジメントコースのグレードを定義したことで、その成長を加速させたいと考えていますし、マネージャーの報酬水準はどうあるべきか。この点についてもマーサーさんのデータを活用していきたいと考えています。
浜田:マーサーのサーベイデータにおいても、マネジメントとプロフェッショナルでフレームワークが分かれているため、双方のベンチマークが可能です。 マネージャーからシニアマネージャーへと管理職としての道を進まれる方、プロフェッショナル人材として非常に高い知見を持たれている方、それぞれの役割やグレードと報酬との関係などを、ぜひ参考にしていただければと思います。
データはあくまでもデータ。意思を持って活用することが大切
増渕:マーサーへ今後期待したいことはございますか?
島崎:マーサーさんだと、年2回の定常サーベイ以外にもその時のトレンドに合わせてスナップショットサーベイを実施されていますよね。参加企業の“旬のリアル”がわかるので、すごくありがたいサービスです。今後も豊富なデータ提供をお願いしたいです。
また、御社のように幅広い事業を進めておられると、特定業界の報酬データを参照したいというケースも出てくるのではないでしょうか。マーサーでは『ハイテク報酬サーベイ』以外にも業界に特化したサーベイを実施しております。
もちろんすでにご利用いただいている『総報酬サーベイ』や『ハイテク報酬サーベイ』の参加企業拡大は何より大きなミッションだと考えていますし、先ほど話に出た新しい職種についてもデータの拡充に取り組む所存です。
有園:ただ、データは“答え”ではありませんし、データに依存しすぎるのも良くないと考えています。我々はグレード制度の運用に自信を持っています。成果を出している人材、そのグレードに対する期待値を満たしている人材、期待を上回っている人材、挑戦し成長している人たちを適切に評価し、大きな成果には大きく大胆に報いる、を実現したいと考えています。
島崎:「正しく遇する」実力主義を貫こうとするなら、公平であることが大切です。それがないと新しい挑戦もできません。
増渕:スピードが求められ、変化にも柔軟に対応しなければならないからこそ、「成果を正しく評価する」、「その評価に見合った報酬を用意する」という公平性が保たれている。だからこそ、いろいろなことにチャレンジできる会社風土が作られたのでしょうね。
有園:DeNAは人材こそが会社の成長を支える源泉です。事業が成長すれば人が伸びる。人が伸びたら事業は成長していく。このサイクルを継続させていきたいのです。
その過程では、データも上手に意思を持って活用し、競争力のある報酬水準の実現はもちろん、報酬面以外の施策も進めて従業員が活躍できる環境を作っていきたいです。
先ほど浜田からの話にもあったように、多くの人事の方々に効率よく利用していただくためにはこちらから活用法を提案することも必要となってくるでしょう。DeNA様のように会社の事業成長に即した形で意思を持ってデータを活用いただけるよう、今後も努力すべきと、あらためて感じることができました。
本日はどうもありがとうございました。