東洋合成工業の成長を支えた改革の軌跡
人事制度は現場で定着させてこそ意味がある
人事制度は整えることが目的ではなく、現場で活用されてこそ意味を持ちます。
ロジスティック事業・感光材事業・化成品事業の主に3つの事業を展開する、東洋合成工業株式会社様は、マーサージャパンの支援のもと、人事制度の設計と運用、定着に取り組み、組織の成長を支える仕組みとして育ててこられました。
東洋合成工業株式会社様は、内閣府による日本企業が競争力を維持し、従業員の自発的なキャリア形成を促進するための施策「ジョブ型人事指針」において、代表的な20社の1社として選出され、この取り組みは先進事例として表彰されるなど高く評価されています
今回は東洋合成工業株式会社 人事部の岩渕様と、制度改革を支援したマーサージャパンの伴登による対談を通じて、人事制度改革に取り組まれた背景や制度の運用に込めた想い、そして制度を現場で育てていくための仕組みづくりについてお届けします。
岩渕 周平 様
東洋合成工業株式会社 人事部 人材組織開発課 担当課長
神奈川大学理学部化学科を卒業後、化学系素材メーカーに入社。エンジニア職から人事総務職に転じ、2012年に東洋合成工業株式会社に入社。
伴登 利奈
マーサージャパン株式会社
組織・人事変革コンサルティング プリンシパル
横浜国立大学経済学部卒業後、ドイツ・ケルン大学にてEU経済を専攻し留学。外務省に勤務し、その後マーサージャパン入社。人事制度改革やタレントマネジメント、グローバル人事戦略等の幅広い領域のプロジェクトに従事。近年は大手企業のグローバル人材マネジメント支援に注力。著書に『ジョブ型雇用はやわかり』(日本経済新聞出版)。
企業の成長フェーズで直面した“構造的な壁”を越えるために、人事制度の改革を決意
伴登:我々がご支援を開始した2015年当時、東洋合成工業株式会社様の人事部ではどのような課題を抱えていらっしゃいましたか?
岩渕様:現場に足を運ぶと、一見問題なくまわっているように見えても、実際には非効率な部分が多く残っている状態でした。組織全体の最適化が進んでおらず、このままでは成長が鈍化するという危機感がありました。
経営・人事と現場の間に明確な距離感があり、その隔たりが組織の前進を阻む要因になっていたと感じています。
伴登:ご相談いただいた当時、御社の従業員数は約500名、現在の半分ほどの規模感でした。この組織規模になりますと、さまざま価値観やバックグラウンドを持つ多様な人材が集まりますので、一般的にはトップの信頼だけに基づくマネジメントに限界を迎え、過去の仕組みや属人的な対応に無理が生じるフェーズにあたります。
新たな組織像として我々が目指していたのは、現場が指示を待つのではなく、自らの判断で成長を推進できる環境を整えることです。
当時の現場では与えられた役割を着実に果たす姿勢が浸透していた一方で、自発的な目標設定や育成の視点が明文化されておらず、“組織として”の成長に向けた基盤づくりには課題があったのです。
経営方針を実現するには、制度だけでなく現場の意識や行動そのものから変えていく必要がありました。その第一歩として、制度を刷新する取り組みに着手しました。経営・人事と現場の間に明確な距離感があり、その隔たりが組織の前進を阻む要因になっていたと感じています。
伴登:当社にご相談いただいた背景について、あらためてお聞かせください。
岩渕様:マーサーには人事領域だけでなく、事業そのものにも目を向けながら、制度設計に取り組んでくれるという信頼がありました。制度を仕組みとして導入するのだけではなく、企業成長を支える“手段”として位置づけてくれる。そうした姿勢に、ともに取り組むパートナーとしての期待を持てたことが、大きな決め手になりました。
現場が制度に「納得感」を持ってもらうための伝え方と工夫
伴登:制度改革を進めるうえで、重視されていた点は何でしょうか?
岩渕様:最も意識していたのは、「制度は整備することが目的ではなく、あくまで成長を支える“手段”である」という原則を徹底することです。実際に現場で扱える仕組みとして機能してこそ意味があると考えていました。
そのため、現在も社内で制度を検討・運用する際には、「何のためにこの取り組みを行うのか」という目的を明確にするよう徹底しています。制度が個々の成長を後押しする仕組みとして機能することが、結果として会社全体の成長にもつながっていくと考えているからです。
伴登:制度設計の過程では、現場の声を丁寧に拾うために、フォーカスグループやインタビューも多く実施させていただきました。大切にしたい価値観の明確化や人事制度の設計等、さまざまな側面でご一緒しましたが、その中で特に難しかった点や、工夫された点があれば教えてください。
ただ、組織の意向と現場が抱えるリアルな課題が乖離していては、制度が根づくことはありません。実際に現場の温度感を丁寧にキャッチアップしながら、現場の従業員にも制度は「みんなでつくるもの」だという認識を持ってもらうことが大切だと考えました。
そこで、制度設計を担う人事の私自身が最大拠点である工場に出向く決断をしました。導入初期の半年から1年ほどは、制度の背景や仕組みを丁寧に説明する機会を繰り返し設け、個々の疑問や不安にも都度向き合うことを徹底しましたね。
人事が工場に常駐するのは創業以来初めての取り組みでしたが、制度を根づかせる覚悟を持って来ているため、交代勤務や宿直業務にも自ら加わりました。
伴登:人事制度を従業員に説明する際に意識したのはどんな点ですか?
岩渕様:現場で説明する際には伴登さんにご用意いただいた資料をベースに、自分たちの言葉にかみ砕いて伝える工夫も重ねました。単なる情報提供ではなく、現場の文脈に沿って、制度を自分ごと化できるように伝える姿勢が定着への鍵だったと感じています。
また管理職に対してはアプローチを変え、「自身の業務に加え、部下の育成も一つの役割である」ことを繰り返し共有し、課長クラスやライン長の理解を深めることに注力しました。
さらに制度導入時には、社長の提案で“Will・Can・Must”のフレームを活用したメッセージも用いました。会社から期待されている役割(Must)、自分にできること(Can)、やりたいこと(Will)の重なる部分に成長のヒントがある。この制度は、そうした交点を見出し、広げていくための仕組みだということを、現場の言葉に置き換えながら伝えていきました。
こうして導入初期の約1年間は、現場との接点づくりと丁寧な対話を最優先に、制度が自然と根づく環境づくりに注力しました。制度は「つくること」ではなく「根づかせること」が本番だと、あらためて実感した期間です。
役割の明確化が行動変容につながる仕掛けに
岩渕様:等級や報酬に関しては、制度全体を大幅に整理・簡素化したことで、現場での理解が得られやすくなりました。従来は何十段階にも分かれた職能等級が存在していましたが、役割ベースに一本化し、一般職は5段階、管理職は4段階に再編。特に管理職と一般職の違いが明確になった点は、制度の分かりやすさに大きく寄与したと思います。
報酬についても、かつては残業代の影響で、一般社員の手取りが管理職を上まわるといった逆転現象も見られましたが、昇給・昇格、賞与評価などの処遇面をシンプルに設計し直しました。その結果、「どの行動や成果がどう評価につながるのか」が分かりやすくなり、従業員の納得感の醸成につながりました。頑張った分だけ正当に報われるという基本方針は、設計初期から一貫して発信しています。
これは、制度が「個々の成長」を後押しする仕組みとして機能することが、最終的には会社全体の成長へとつながるという考え方が起点にあったからです。個人の成長が組織の活性化に直結する以上、従業員一人ひとりの努力や成果に対して適切なインセンティブが働くよう、報酬制度の再設計には特に力を入れました。
また、制度設計の過程では、チームワークや知識の共有、部下育成への責任といった行動規範も組み込みました。制度を通じて、組織としての方向性が伝わるよう意識した設計にしています。
伴登:制度導入から10年で売り上げは150億から300億、従業員数は500名から1,000名と2倍に成長しています。人事制度の改革がもたらした影響について、あらためて感じたことをお聞かせください。
岩渕様:最も大きな変化は、管理職が部下の育成を強く意識するようになった点です。以前は、成長は本人次第という風土も一部に見られましたが、現在では課長や係長、主任といったミドル層が、日常的に部下の育成やチームづくりについて言及する場面が明らかに増えています。
その背景には、制度設計の段階で実施した役割の明確化があると考えています。係長や主任等の各ポジションを新たに定義し、それぞれに求められる責任や役割を明文化したうえで、手当も含めた処遇設計を行いました。単に肩書を与えるのではなく、「自分が何を担うべきか」を理解し、それを行動に落とし込むための仕掛けを丁寧に設けたことが、現場の意識変化につながったのだと思います。
制度という仕組み以上に、制度を通じて一人ひとりの意識と行動に変化が生まれたことこそが、今回の改革の大きな成果だと実感しています。
岩渕様:当時、当社は「短期間での制度導入」という非常にチャレンジングな条件を掲げていました。そうした状況下でも、丁寧に現状を把握し、課題を適切に整理しながら、実行フェーズに必要なタスクとスケジュールを明確に示してくださいました。
毎週のディスカッションでは進捗確認だけでなく、新たに生じる論点にも的確に対応いただき、社内の検討もスムーズに進めることができました。実際、制度改革が計画どおりに実現できたのは、御社の伴走があってこそだと実感しています。
特に印象的だったのは、制度の設計だけでなく、「制度をどう運用し、組織に定着させるか」までを含めて議論できたことです。当社の事業構造や組織の実態を踏まえ、ビジネスと制度を結びつける提案をいただけた点は、制度の実効性を高めるうえで非常に有効でした。
「ジョブ型人事制度」先行事例に選出。現場で使われる制度を育て続ける人事の挑戦
伴登:御社は内閣府が公表した「ジョブ型人事指針」における代表20社のひとつとして紹介されました。この結果をどのように受け止められましたか?
岩渕様:正直、非常に驚きました。掲載企業は名だたる大手企業ばかりで、その中で当社が選ばれたことは大きな衝撃であり、同時に「マーサーの皆さんと取り組んだ制度改革が、かたちになったのだ」とあらためてその意義を実感しました。
私たちは、制度を導入すること自体が目的ではなく、組織の成長と個々の活躍を支える仕組みを本気でつくることを目指してきました。その姿勢やプロセスが、結果的に評価につながったのだと思います。
今回の掲載は、制度改革を通じて企業のありたい姿を制度に落とし込むことの重要性、そして丁寧な対話と運用の積み重ねが成果につながることを示してくれたと感じています。
伴登:今後人的資本の可能性を引き出そうとされている企業に向けて、人事制度をはじめとする人材マネジメントの改革に関するアドバイスがあればお願いします。
人事としては制度の完成度に意識が向きがちですが、重要なのは「その制度を現場で使ったとき、どんな行動変化が起こるのか」を常に意識することです。私自身、導入後も現場の声を丁寧に拾い上げ、本社と連携して必要な見直しを繰り返してきました。
制度を実効性あるものにするためには、現場との継続的な対話と、運用を前提とした設計・改善が欠かせないと考えています。
伴登:ここまでお話を伺って、岩渕様ご自身のキャリアが制度の浸透とともに歩んでこられたことを強く感じました。最後に、今後取り組みたいテーマや、現時点で新たに見えてきた課題があれば教えてください。
岩渕様:現在の課題は、制度そのものの刷新というより、「現行制度を今の組織規模にどう適用していくか」にあると感じています。導入当時は、限られた人事体制の中で短期間に走り切った背景もあり、制度が組織の成長スピードに追いついていない面も出てきました。特に最近は、組織が横に広がった結果、課長が50名規模をマネジメントするような状況もあり、以前とは明らかにマネジメントの難易度が変化しています。
今後は、制度の活用状況を丁寧にレビューし、組織の実態に即した形に再設計していくことが必要です。人事としても、「今の会社にとって本当に必要な仕組みは何か」「当社の強みをどう伸ばすか」という視点を持ち続けながら、変化に応じた柔軟な対応を重ねていきたいと考えています。
伴登:岩渕様のおっしゃるとおり、制度は導入して終わりではなく、会社の規模や状況に応じて、常に見直し・活用していくことが重要です。本日は貴重なお話をありがとうございました。
制度設計にとどまらず、文化や価値観の再構築にまで踏み込んだ東洋合成工業様の挑戦は、同様の課題を抱える企業にとって、参考となる実践例です。マーサージャパンでは、今後も人と組織の可能性を引き出す支援を続けてまいります。
制度づくりに悩んだときや、自社に合った人事の在り方を見つけたいときは、ぜひお気軽に私たちにご相談ください!