経営を立て直した、東洋合成工業の人事制度改革
「ジョブ型人事制度」導入後、売上、社員数ともに約2倍に
職務や役割に基づいて処遇を決める「ジョブ型人事制度」は、個人の貢献を正しく評価する仕組みとして注目を集めています。
その代表的な実践企業として、内閣官房公表のジョブ型人事指針に掲載されたのが東洋合成工業株式会社様です。現在では、その取り組みが20社の先進事例の1社として高く評価されています。
マーサージャパンでは同社の制度設計をはじめ、企業文化やマネジメントのあり方にまで踏み込んだ改革に伴走させていただきました。
今回は、東洋合成工業の代表取締役社長・木村様と、制度改革・マネジメント変革を支援したマーサージャパンの中村による対談を通じて、改革の背景や進め方、そして「人」に向き合う経営のあり方を紐解きます。
木村 有仁 様
東洋合成工業株式会社 代表取締役社長
2001年、東京大学大学院 新領域創成科学研究科を修了後、日本電気株式会社に入社。2003年に東洋合成工業株式会社へ転じ、2006年に米国サンダーバード国際経営大学院にてMBAを取得。2007年に取締役、2011年に常務取締役 感光材事業本部長を経て、2012年より現職。
中村 健一郎
マーサージャパン株式会社
組織人事変革コンサルティング ゼネラルユニット統括 シニアプリンシパル
一橋大学経済学部卒業後、NTTデータ、アビーム・コンサルティングを経て、2001年にマーサージャパン入社。以降、国内外企業の組織・人事制度改革、リーダー育成、グローバル人材マネジメント構築等、幅広いプロジェクトをリードしてきた。著書に『研究開発者の活性化につながる処遇を考える』(労政時報、共著)、『輝く組織の条件』(ダイヤモンド社、共著)、『なぜ今、幕末のような大物が生まれないのか』(プレジデント社)等がある。
赤字局面の時期に人事制度の再構築を決意
中村:私たちがご支援を開始した2015年当時、御社は現在の半分ほどの規模でしたが、本格的な人事・組織改革に踏み切られました。当時、制度改革に外部支援を求められた背景や課題意識について、あらためてお聞かせください。
木村様:当時は、事業運営体制そのものの見直しが必要な局面でした。製品事業部が新工場の立ち上げを進めていたものの、なかなか軌道には乗らず、私が社長に就任したのも、そのような赤字局面の時期でした。
当社はもともと技術力を強みとし、設備や製品開発への投資には積極的に取り組んできましたが、中長期的な視点に立った人材育成や組織づくりは、後回しになっていた側面があります。
経営の立て直しが急務となる中で、事業そのものには十分な成長余地があると捉えていたものの、ビジネスプランを形にしていくうえでのリソース不足や、組織の力を十分に引き出せていないことに課題を感じていました。
中村:成長の可能性は見えていたものの、組織としての準備が整っていなかったということですね。
木村様:そのとおりです。社員それぞれが、自身の貢献の方向性を明確に持てずにいる状況でした。
そうした中で、会社として何を軸に立て直すかを検討し、人事制度の再構築を進める方針を固めました。制度を整えることですべてが解決するとは考えていませんでしたが、部門単位でのミッションや方針を明文化することで、事業の進め方に一定の方向性を持たせられると考えたのです。
この方針を支えてくれるパートナーとして、制度そのものではなく経営全体を視野に入れて伴走してくれるマーサーに依頼することにしました。制度を単なる仕組みとしてではなく、組織と事業の両面を支える基盤として構築していく視点に、大きな信頼を寄せていました。
役割と数字の明確化。成果を“正しく”評価するための制度設計
木村様:まずは社員の役割を明確化し、職務との対応関係を整理することも方針として掲げました。役割定義の見直しは等級制度の再設計とも密接に関連しています。
次に、社員にとって頑張ったら報われる、インセンティブが適切に働く報酬設計が必要でした。当時は、管理職よりも残業の多い一般社員のほうが手取り額で上回るなど、制度上の逆転現象が起きている状況でした。
さらに、意思決定プロセスや業務フローなど組織基盤が整っておらず、社員がどのように行動すべきかの指針が明文化されていなかったため、行動規範の明文化も急務でした。チームワークや知識共有、育成責任といった価値観を制度に織り込み、組織としての方向性を明確に示すことを重視しました。
これらを踏まえ、役割の明確化、頑張ったら報われる報酬制度、行動規範の共有の三つを軸に設計を進めてもらいました。当時は収益モデルも確立しておらず、損益状況も厳しい局面でしたが、だからこそ貢献を正当に評価する環境づくりが最優先だと考えていました。これは、役員を含めた全員に共通する基盤となるものです。
中村:制度によって適切な頑張りを個人から引き出し、それが企業成長にもつながる。いかなる状況でも、会社が求める方向で正しく生み出される成果を正しく評価し、処遇に結びつけるというメッセージを制度に込めようとされたわけですね。
木村様:当時の制度には曖昧な部分が多く、社内に根づいていた価値観が言語化されていませんでした。理念を明確にし、構造として定義できたことは、組織にとって大きな一歩だったと捉えています。
制度が生んだ対話とマネジメントの進化。“組織全体”で育成や成長を考えられるように
中村:改革を経たあと、組織にどのような変化がありましたか?
木村様:制度の導入によって、社内では評価や役割に関する対話が活発になりました。昇進の妥当性やスキルの水準、マネジメントの適性など、誰に何を任せるかを管理職同士が自然と議論するようになったと感じています。
また、高等専門学校卒業や大学卒業といった採用時の背景の違いをどう捉えるか、キャリアパスをどのように描いていくかなど、育成方針に関する検討も進みました。人事部門と現場に同時期に制度を導入したことで、共通の認識が生まれ、建設的な対話が可能になったと思います。
共通の基準をもとに運用を進める中で、何ができていて、何が足りないのかが見えるようになり、組織全体で人材育成や成長に向けた視点が共有されていきました。制度そのものよりも、それによって生まれた対話と認識の変化が最大の成果だったと捉えています。
中村:組織が拡大する中で、制度の効果をどのように実感されていますか?
木村様:事業や組織が拡大すれば、必ず管理職不足という課題に直面します。役職を与えるだけでは人はついてこない。求心力が伴わなければ、離職の要因にもなりかねません。
そうしたとき、「その役割に求められることは何か」「マネジメントに必要な資質は何か」が制度として明文化されていたのは非常に大きな意味を持ちました。基準がなければ、評価や育成も感覚に頼り、評価する人によってばらつきが生じてしまいます。制度が共通の土台となり、組織の成長を支える要素になったと感じています。
数字としては、この10年で売上は180億から390億へ、社員数は400名から900名と2倍になりました。企業としての成長が数字にも表れ、制度改革による効果をあらためて実感しています。
中村:当時のマーサーの支援について、率直なご感想をお聞かせください。
木村様:かなり踏み込んで伴走いただいた印象があります。給与や賞与のレンジ設計にとどまらず、将来的な人員構成を見据えた制度の骨格まで一緒に考えていただきました。
当時は事業の将来像が見えづらく、社内にも懐疑的な空気がありましたが、そうした状況でも粘り強く支援いただいたことに非常に感謝しています。
最短距離での成長とイノベーション。人の「想い」への投資が企業の未来をつくる
木村様:まず印象的だったのは、選出された企業の多くが大企業だったことです。
中小企業においては、大企業に比べてリソースが限られており、環境変化のスピードが早いため、制度と現場の運用を連動させる難しさがあります。また、個々の能力を評価する仕組みが、組織の一体感や協調性を重視する文化と相反する場合も少なくありません。
そうした中で、我々のような中堅企業が評価された背景には、「マネジメントのあり方」があったと感じています。
当社では、コーチングやメンタリング、モラル教育といった「心に立脚したマネジメント」を全社的に展開してきました。制度の整備と並行して、日々のマネジメントに丁寧に取り組んできたことが、他社から高く評価いただいた大きな要因の一つだと考えています。
中村:御社のように、これから事業拡大を目指す中小企業の経営者・人事担当者に向けてメッセージをお願いいたします。人的資源への投資が注目される今、企業規模に関わらず「人」に投資することの意義について、どのようにお考えでしょうか?
木村様:近年、世の中において“正しさ”に真摯に取り組むことがより大切になってきたと感じています。例えば、ハラスメントの問題を起こさないというだけでなく、人の想い、一人ひとりのモチベーションへの寄り添い、そういったものに企業が正面から向き合わなければ、人はすぐに離れていきます。
今は、人の想いを大切にすることが自然と組み込まれたマネジメント、つまり「方向性を共有しながら人を大切にする」ことが、当たり前になりつつある。まだ完全ではないにせよ、そうした姿勢が社会的にも受け入れられるようになってきたと感じます。
一方で、企業側のマネジメントがまだ過去の延長線上にあるケースも少なくありません。例えば年功序列による処遇、一律の評価制度、トップダウン型の意思決定といった、いわゆる昭和的な手法が残っているのも事実です。人の想いを活かせる会社と、そうでない会社の差は、今後さらに広がっていくでしょう。
不連続なイノベーションが求められる時代に、チャレンジを求めながら、裏では罰則的な管理など、必要以上のプレッシャーがかけられる環境になっていては、心理的安全性など生まれるはずもありません。企業がまず示すべきは、自社の価値観です。そして、人が成長していくための基盤が人事制度であり、企業文化であり、チームマネジメントです。
そうした部分への投資こそが、結局は最短距離での成長とイノベーションにつながる。「急がば回れ」ではありませんが、持続的な成長のためには、やはり人に向き合うことが一番の近道だと思っています。
中村:現在掲げている中期経営計画では、売上500億円という大きな目標を掲げていらっしゃいます。今後の組織づくりで特に重視していきたい点についてもお聞かせください。
木村様:「人の心」に向き合う姿勢です。私自身、過去に組織の中で自分の存在が意味を持たないように感じた経験があります。仕事はしていても、自分の想いや力がどこにも届かないような感覚でした。
この経験を通じて、人を活かすとは単に制度を設けることではなく、実感を伴った関係性の中でこそ成立するものだと強く感じました。企業としての成長を目指すなら、まず人の内面と真正面から向き合い、その想いを引き出すことが欠かせません。スキルや報酬ではなく、心に火を灯せるかどうかが、これからの企業の競争力を左右すると考えています。
中村:一人ひとりの力をどう引き出すかが、今後の企業成長の鍵ですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
制度設計にとどまらず、文化や価値観の再構築にまで踏み込んだ東洋合成工業様の挑戦は、同様の課題を抱える企業にとって、参考となる実践例です。マーサージャパンでは、今後も人と組織の可能性を引き出す支援を続けてまいります。
制度づくりに悩んだときや、自社に合った人事の在り方を見つけたいときは、ぜひお気軽に私たちにご相談ください!