キャリア自律はなぜ進まないのか?- データから見る構造的要因
現在、日本では、個々の従業員がキャリア自律をし、キャリア目標に対して自発的にリスキル、アップスキルすることが望まれている。しかし、現場の管理者や人事スタッフからは「現実は難しい」という声をよく聞く。これは本当なのだろうか? また、本当だとしたら、その理由はなんだろうか?
まず、「キャリア自律が進んでいないこと」に関して、その真偽を確かめたい。キャリア自律度そのものを測定するのは難しいので、ここでは、キャリア自律度の代理指標として自己啓発の時間を確認する。 総務省の調査(図表1)によると、1週間あたりの自己啓発時間は、30代以上に関しては、8分〜9分であり、絶対値として非常に低いことがわかっている。自己啓発している人に関しては1週間に平均約2時間投入しているのだが、自己啓発を何もしていない人が多いため、この数字になる。
図表1:日本における自己啓発の状況
図表2:国別非自己啓発比率
図表3:国別平均勤続年数と非自己啓発比率の関係
先程の非自己啓発比率と各国の平均勤続年数で散布図を描き、また、回帰分析を行ってみたところ、相当程度の相関関係があることがわかった(P<0.01, R2=0.38)。つまり、平均勤続年数が長い国の労働者ほど、自己啓発しない傾向にある。言い換えると、人材流動性が高い国では自己啓発する傾向がある。
人材流動性が高いということは、その国の雇用環境において、本人がより良いキャリアを求めて離職する、あるいは、雇用保障度が高くない、という特徴があるように推測できる。そのような状況下では、先々のことを考え、自己啓発に励む傾向があらわれることは理解できる。自分の将来のためにはリスキル、アップスキルが必要であり、自分のために自己啓発するのだ。
このように考えると、日本におけるリスキルやアップスキルは、教育のしくみを整えただけでは進まないだろう。日本では労働流動性が低いため、個々人にそれらを行うインセンティブがないからだ。また、リスキル、アップスキルが盛んでないことは、個々人の給与があがらない遠因にもなっているかもしれない。個人がリスキル、アップスキルしないと仮定すると、会社に対する貢献度があがらない。従って、会社視点で言えば、給与をあげる理由がない。
人的資本経営、さらに人材のリスキル、アップスキルが注目を浴びている。しかし、これらを実現するには、その前提となる環境として、人材の流動性を高める必要があるようだ。