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退職給付制度は必要か? ~賃上げ環境下での退職給付制度の役割~ 

15 4月 2026

人的資本経営の進展により、企業は人材への投資・還元のあり方について、これまで以上に説明責任を求められるようになった。同時に、社会的な賃上げプレッシャーの高まりを背景に、限られた原資をどの領域に配分するかに悩む企業も増えている中、退職給付制度の在り方を改めて見直す動きもみられる。

人それぞれの資産形成ニーズ

従業員にとって退職給付は、リタイヤ後の生活を支える金融資産形成として機能しているが、その水準はいくらが適切であろうか?弊社が実施する退職給付サーベイによると、定年時のモデル給付額は約2,500万円※であるが、実際に必要とされる金額は、個々人のライフスタイルや高齢期の就労意向によって大きく異なる。

※マーサー退職給付サーベイの全産業ベースの中央値より

例えば、長期にわたり就労を継続し「生涯現役」に近いキャリアを志向する従業員にとっては、金融資産としての備えの重要性は相対的に低く、その代わりにスキルや人的ネットワーク、健康といった無形資産の価値がより重視されるだろう。退職給付の水準の議論は「いくらが正しいか」ではなく、「どのような人生設計を支えるのか」という観点でも検討する必要がある。

現金報酬 vs 退職給付

日々の生活の基盤を支える現金報酬は人材競争力に直結しやすい。使途の制約がなく、個人の意思に基づいて柔軟に消費・貯蓄ができる点は大きな利点である。一方で、この自由度の高さは、必ずしも全ての従業員が自身のライフプランをもとに合理的な行動をとることを意味しない。退職給付のような強制的な長期積立は、行動バイアスを補正する仕組みとして機能する。加えて、税制優遇の観点からも、同額を現金報酬で受け取るより手取りベースで有利となるケースが多い。

資産形成ニーズの高まりを背景に現金報酬を手厚くする動きが指摘されることがあるが、ここでいう資産形成がNISA等の自助努力に偏って理解されている印象も否めない。退職給付もまた、税制優遇と強制積立の仕組みを通じて長期的な資産形成を支える制度であり、本来は資産形成の中核に位置づけられるものである。

効果的な退職給付制度運営

賃上げが社会的にも注目される中、現金報酬への原資配分が優先されやすい状況にあることは否定できない。しかし、退職給付の価値は本来、従業員の長期的な安心感や将来志向の行動を支える点にあり、問題はその価値が十分に認知されていないことである。退職間際になって初めて制度の存在を意識するというケースも少なくなく、この状態では人材競争力への寄与は限定的と言わざるを得ない。したがって、分かりやすい設計とそれを認知させる情報提供が必要不可欠であり、例えば、以下のような取り組みが有効であろう。

  • 年間積上げ額の可視化(トータルリワードの一部として提示)
  • 想定され得るライフイベントを踏まえたマネープラン・キャリア設計の支援
  • 包括的な制度説明を含む金融経済教育

これらを通じて、退職給付を単なる制度から「自分ごと化された資産形成支援」へと転換することができる。さらに、退職給付を起点とした金融経済教育の提供は、従業員のEmployee Experienceを差別化し、将来志向の行動を促す契機となる。結果として、経済的な安心感の醸成を通じたファイナンシャルウェルビーイングの向上やエンゲージメントの強化にもつながることが期待される。人的資本経営の文脈において、従業員の長期的な安心感や将来志向の行動を支える仕組みとして退職給付の役割を再定義することが求められている。

著者
永島 武偉

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