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トータル・ポートフォリオ・アプローチ(TPA):資産運用モデルの進化 

24 3月 2026

戦略的資産配分からトータル・ポートフォリオ・アプローチへ

投資家の運用環境は、マクロ・地政学のレジーム転換、相関構造の不安定化、パブリック資産とプライベート資産をまたぐ投資機会の拡大、流動性管理の重要性の高まりなどにより、かつてなく複雑かつ相互依存的になっています。こうした環境では、従来型の戦略的資産配分(SAA; Strategic Asset Allocation)は引き続き有用ではあるものの、資産クラス別の枠組みや組織分業(サイロ)で運営していると、想定外のリスク・エクスポージャーの集中、意思決定の遅れや機会損失といった弱点が目立つことがあります。この課題に対し、先進的なアセットオーナーの間で採用が進んでいるのが、トータル・ポートフォリオ・アプローチ(TPA; Total Portfolio Approach)です。

TPAは、長期・分散・リバランスといった投資の基本を捨てるものではありません。むしろ、うまく機能してきたSAAを土台にしつつ、運用目的との整合性全体最適の意思決定変化への適応力を高めることで、よりレジリエント(強靭)なポートフォリオ運営を可能にする「進化形」と捉えるのが適切です。アセットオーナーにとってのTPAの価値は、資産配分の議論にとどまらず、ガバナンス、リスク・バジェッティング、ポートフォリオ実装に係る運用システムをアップデートし、環境変化に耐え得る枠組みを提供する点にあります。

TPAとは何か:3つの柱で捉える全体最適型の運用モデル

TPAは、投資判断を「資産クラスの集合」ではなく「ファンド全体」として一体的に捉え、意思決定の仕組みをアップデートするものです。マーサーではTPAを、次の3つの観点で整理しています。

  • 整合化(アラインメント): 運用目的と投資判断を結びつけ、権限と責任を明確にすること
  • 統合化(インテグレーション): パブリック・プライベートを含むエクスポージャーや流動性、リスクを共通言語で扱い、全体最適を可能にすること
  • 適応化(アダプタビリティー): 長期投資の意図を揺るがせることなく、環境変化や市場の歪みに対して、一定の許容範囲の中で機動的に動けるフレキシビリティを備えること

TPAは単なる資産配分手法というよりは、組織の目的に整合した形で、意思決定権限、リスク管理、インフラ、実装プロセスを「トータル・ポートフォリオ前提」で再設計する運用モデルと位置づけられるものです。

TPAの実装に向けて:効果を生むための仕組みとは

TPAを実務に落とし込むうえで、特に効果が大きいのが次の3点を連動させる設計です。ボード(運用委員会等)の監督の役割と、執行(CIO/運用チーム)の機動力を両立させることが大きな狙いです。

1) シンプルなレファレンス・インデックス:運用目的に沿った「基準点」

多数の資産クラス別ベンチマークを並べる代わりに、例えば株式と債券の組み合わせ等で構成したシンプルなレファレンス・インデックスを置きます。これは以下を兼ねる「基準点」です。

  • パッシブ運用のベースライン
  • アクティブな投資判断のファンディング対象(どこからリスクを取るか/減らすかの起点)
  • 成果測定のための透明性をもったアンカー

ベンチマークの断片化が進むと、「何に対して、どの程度のリスクを取り、結果としてどの程度運用目的に貢献したか」が見えにくくなります。レファレンス・インデックスを簡素化することは、単なる事務負担の軽減だけではなく、総合的な成果に対するアクティブ運用の有効性を評価しやすくするというガバナンス上のメリットがあります。

 

2) 明確なアクティブ・リスク・バジェット:裁量を委ねるための許容範囲

TPAは機動力を高めますが、無制限の裁量を推奨するものではありません。ボードは、例えば以下を定義します。

  • 許容リスクの考え方と上限(ボラティリティ、トラッキングエラー、元本毀損耐性、収益の安定性など)
  • レファレンス・インデックスからの乖離を許す範囲=アクティブ・リスク・バジェット

そのうえで運用チームが、マネージャー選定、プライベート投資、戦略的ティルト、オーバーレイ、機動的配分などにリスク・バジェットを配分します。アセットオーナーにおけるポイントは、監督機能(ボード)を弱めずに、専門性に基づく迅速な執行を可能にすることです。

 

3) 資本の競争(Competition for Capital):限界的な1単位のリスクを最も有効な投資対象へ

資本の競争とは、「次の1単位のリスクを、トータル・ポートフォリオを最も改善する投資機会に振り向けるにはどこに投資すべきなのか」を継続的に問う規律です。その実現には、

  • チームの評価軸を総合成果に揃える(縦割りのサイロ化を防ぐ)
  • ルックスルーでのエクスポージャー把握など、共通のデータ言語
  • 資産クラスの枠を越えた意思決定の場と文化(自分の領域から資本を出す提案もできる)

が必要です。資産クラス別に「持ち分」が固定されるモデルでは、各担当が自身の領域内で最適化しても、結果として同種のファクター(例:クレジット、流動性プレミアム、株式ベータ)やテーマ(例:AI、SaaS)に紐づいたエクスポージャーがパブリック資産・プライベート資産に重複して積み上がることがあります。資本の競争は、こうした見えにくい集中を抑え、全体最適の限界効率を高めます。

TPAの具体的な実施例:カルパース

この枠組みを具体例として理解するうえで有用なのが、カルパース(CalPERS;カリフォルニア州職員退職年金基金)の運用フレームワーク変更です。カルパースは2025年11月、投資機会を捉える能力を高めるための新たなフレームワークを採用し、TPAに整合的な設計を明確にしました。

まず整合化として、従来の11の資産クラス別ベンチマーク中心の枠組みから、ファンド全体の基準となる単一のレファレンス・インデックスへ移行しました。このレファレンス・インデックスは、ファンドの全体的なリスク・アペタイトを表すためにボードが定めたものであり、あわせてボードは、CIOがポートフォリオをレファレンス・インデックスから乖離させる際に使用するアクティブ・リスク・バジェットの最大値を設定しました。これにより、アクティブな投資判断は「ファンド全体として、基準から意図的に乖離した意思決定」として測定・報告しやすくなります。

次に統合化として、チーム横断での協働を重視し、パブリック・プライベートをまたぐ重複リスクや流動性を含む論点を総合的に扱う方向性を強めました。さらに適応化として、明確に定められた許容範囲(すなわちアクティブ・リスク・バジェット)の中で運用スタッフが投資機会に応じてポートフォリオ調整を行える余地を拡大し、意思決定の迅速化を図っています。

なお、TPAの実践例としては他にCPPIB(カナダ年金制度投資委員会)やGICも挙げられます。いずれも、トータル・ポートフォリオ思考を、組織横断での整合化や資本配分の仕組みと結び付けて運用している点で参考になります。

導入時に想定すべき制約:難しさは価値の裏返し

TPAは有効ですが、容易ではありません。よくある論点として、縦割り文化から「ワン・ポートフォリオ」へ移る抵抗、ガバナンス設計の複雑化、必要な人材や時間の増加、データ/システムへの投資とそのコスト、成果の説明(アトリビューション)の難易度上昇、さらに規程・法令・投資方針上の制約による裁量の限界が挙げられます。

ただし、これらはTPAの欠点というより、全体最適のアプローチを本気で実現しようとすると避けられない論点です。だからこそ、TPAは投資手法の導入というより、組織としての意思決定品質を高める取り組みとして設計・運営する必要があります。

おわりに:市場予測ではなく「優れた運用の仕組み」で勝つ

アセットオーナーにとってTPAの魅力は、市場を完璧に予測することではありません。むしろ、複雑性が常態化する環境下で、運用目的の明確化と整合化、意思決定権限の最適配分、ファンド全体レベルでのリスク・バジェット管理、そして組織とインフラの統合により、安定性と機動力を両立させる運用モデルを提供する点にあります。

変化が速く、投資機会が資産横断的に現れる時代において、TPAはアセットオーナーが「規律を保ったまま、必要なときに迅速に動ける」状態を実装するための、実務的で優れたアプローチです。受託者責任(フィデューシャリー)を果たしつつ、より強靭な運用体制を構築するうえで、TPAは検討に値する選択肢となるでしょう。

著者
植松 俊一郎
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