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インフレは出張者のパフォーマンスを蝕んでいるのか? - 人的資本経営の文脈から取り残された出張旅費規程 

05 3月 2026

インフレは企業経営にも変化を強いる

長らくデフレが続いてきた日本も、とうとうインフレの時代に突入した。政治では物価高対策が争点に挙がり、家計は米などの食料品価格の高騰に悩まされている。また、企業では賃上げに着手したり、仕入れ価格の高騰からコスト対策や商品価格の見直しに取り組んでいる。そういったインフレ下において、見落とされがちとなるのが会社の規程である。出張旅費規程はまさにその一例である。産労総合研究所(2025)によると、直近3年間に国内出張の宿泊費と日当を増額した企業はそれぞれ31.1%、14.9%であり、海外出張にいたってはそれぞれ8.5%、14.6%に留まっている。

一方で、インフレは出張旅費にも影響するのは確かである。国内の消費者物価指数(総務省(2026))は過去3年(2022–2025年)で9.4%上昇しているが、宿泊費と外食費についてはそれぞれ43.6%、12.5%も上昇している。同様のことは海外にも当てはまるだろう。出張旅費規程が正しく見直されない場合、もしくは規程に明示が無くとも事実上の上限予算(以下、「暗黙予算」と呼ぶ)がアップデートされない場合、この物価高騰のしわ寄せを受けるのは出張者本人だろう。定められた予算内に費用を抑えるために、ホテルやレストラン探しなどで余分に時間を費やしている可能性は十分考えられる。もしくは出張者が手出しで費用の一部をカバーしているケースもあるかもしれない。

変化に対応するには、物差しとなるデータが必要

出張旅費規程や暗黙予算を継続的に見直すのが理想だろう。しかし、それにあたり根拠となる数字を得るのはなかなか難しいのが実態だ。日本での外食費については相場感がわかるかもしれないが、宿泊費についてはダイナミックプライシング(変動価格制)が当たり前な中で相場を説明するのは難しいだろう。海外については尚更である。

それに対する1つの提案としてマーサーの「Per Diem Allowance Calculator(以下、「Per Diem」と略す)」がある。当該商品は、出張や短期滞在に必要な費用項目について実地調査に基づくデータを提供する。対象都市は世界中の約500都市に及ぶ。当該商品を利用することで、宿泊費や日当について妥当性の確認や改定が容易になるだろう。

例えばニューヨークを想定した場合、Per Diemでは1泊あたりの宿泊費は243ドル、1日の食費は158ドルとしている(表1)。なお、ここでの食費にはランチ代、レストランでの夕食、カフェ代などが含まれる。これらの相場は一般的な旅行情報サイト等を見ても妥当な水準と言えるだろう。一方で、出張規程に関する調査では、Per Diemを大幅に下回る手当額を設定している企業が多い。1泊あたりの宿泊費は財務省(2023)が135ドル、産労総合研究所(2025)が107ドルであり、Per Diemの半分程度の水準となっている。また、多くの企業で食費相当を想定する日当に至っては50ドル台となっており、これでは物価の高いニューヨークでは厳しいかもしれない。もちろん、会社により手当の多寡に関する考え方はそれぞれであるため、Per Diemをそのまま用いるべきという話ではない。しかし、その考えを反映するためは軸となる物差しが不可欠であり、また経年の変化に対応するためにもこの物差しは有用だ。

表1:宿泊費・食費(日当)比較

(単位: 米ドル)
  1. Per DiemではLow, Medium, Highの3価格帯のデータを提供しており、ここでは一般的なビジネス出張を想定したLowを用いる。
  2. 財務省(2023)では企業の役職区分数ごとに集計している。ここでは北米出張時にドル建てで手当を支給している企業における一番低い区分の手当額を用いる。
  3. 産労総合研究所(2025)では一般社員、部長、役員ごとに調査をおこなっており、ここでは北米出張の際にドル建てで手当を支給している企業における一般社員の手当額を用いる。

人的資本を活かすための「見えない環境整備」

今後も世界ではインフレが進む。IMF(2025)は2030年にかけて世界で年平均3.5%のインフレを見込んでいる。これは2024年から2030年にかけて23%も物価が上昇することを意味する。

インフレを契機に積極的な賃上げを通じて、人への投資を進めている企業も多い。人的資本が経営の主要命題となりつつある現状を鑑みれば、今後もこの流れは継続するだろう。一方で、人的資本を取り巻く制度については後回しにされているかもしれない。その一例である出張旅費規程は、インフレにより実質的な価値を落としている。出張は慣れない土地、限られた時間でミッションをこなすため元来難易度が高い。それにもかかわらず、出張旅費規程というインフラが棄損されれば、規程と実態との乖離から出張者に余計な経済的負担や心理的負担が生じ、パフォーマンスに影響が出るかもしれない。また、そういった不満や負担が続けば出張者のエンゲージメントにも悪影響を与え、ひいては離職リスクにつながる可能性もある。人材を「資本」として捉える人的資本経営に取り組んでいる企業こそ、次はその資本効率が向上するための周辺環境の整備に取り組むべきであろう。

参考文献

株式会社産労総合研究所(2025)「2025年度 国内・海外出張旅費に関する調査結果」
財務省(2023)「民間企業における出張旅費規程等 に関するアンケート報告書」, 8月
総務省(2026)「消費者物価指数」, 1月
International Monetary Fund (2025) ”World Economic Outlook”, October

著者
白根 啓史
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