グローバル投資家の物差しを先取りせよ ― Glass Lewisの最新動向と日本への示唆
21 1月 2026
1. Glass Lewis米国基準からグローバル投資家の見方を学ぶ
コラム「グローバル投資家の物差しを先取りせよ ― ISSの最新動向と日本への示唆」では、グローバル投資家が日本企業を評価する際の基準のひとつとして、ISS(Institutional Shareholder Services)の米国基準を紹介した。
ISSと並んで、主要な議決権行使助言会社として位置づけられるのが Glass Lewis(グラスルイス、以下GL) である。
2003年に設立された同社は、北米・欧州・アジア太平洋地域に拠点を置き、年金基金や資産運用会社など1,300以上の機関投資家に対して企業の議決権行使分析・ガバナンス評価・役員報酬レビューを中心としたリサーチサービスを提供しており、世界の株主議決権行使に広く影響力を持つ助言会社として知られている1。
ISS・GLの両社ともグローバルで存在感を持つ助言会社であるが、そのビジネス構造や評価アプローチには差分が見られる。
一例として、GLは投資家向け助言に特化している一方、ISSは投資家向け助言を中核としつつ企業向けアドバイザリーを提供する子会社を有している2。こうした構造の違いから、GLは比較的利益相反リスクが小さいと認識されやすいため、制度の運用実態や説明の妥当性といった定性的な側面まで踏み込んで評価する一方、ISSは利益相反リスクが指摘されやすい側面を持つため、形式要件や外形的整合性を明確にする分析体系を特徴としている(図1)。
本稿では、こうした両社の特徴を踏まえつつ、GLの近年の主要な動向について、ISSと比較しながら整理する。
【図表1】GL・ISSのビジネス構造及び評価アプローチの違い
2. GL米国基準の動向
GLもISSと同様に毎年基準のアップデートを行い、推奨の枠組みの精緻化と実効性向上に向けた進化を続けている。2024年株主総会シーズン以降の改訂動向を、前コラムと同様に3つの枠組みで整理し、ISSとの比較を通じて特徴を明らかにする。(図表2)345678。
- 「攻めのガバナンス」(長期的な価値創造を促す)
- 「守りのガバナンス」(不適切な報酬支払いを防ぐ)
- 透明かつ包括的な開示(投資家による検証可能性を高める)
【図表2】GL・ISSの特徴比較
1. 攻めのガバナンス ― 長期的な価値創造を促す報酬設計
近年各助言会社では、報酬が経営戦略や株主価値とどのように結びつくかを重視し、評価手法の精緻化を進めている。ISSがPay for Performance評価をアップデートしているのと同様に、GLも評価の枠組みを強化しつつある。
GLのPay for Performance評価は、報酬と株主価値の長期的連動性を重視する点でISSと方向性を共有しつつ、定量5テストと定性1テストの総合モデルを採用している点に特徴がある9。2026シーズンでは評価モデル全体を再設計し、従来のA〜F評価を廃止して0〜100の数値スコア化・5段階の懸念レベルを定義する形式に移行した。相対TSR等の定量テストに加えて定性テストをModifierとして正式に導入し、評価期間を原則5年としている(図表3)567。
ISS(2025年改訂)は、定量評価で不整合が見られた企業に対して定性評価を強化する方針、つまりあくまで定量が主であり、定性は補完要素という構造を持つ10。これに対しGLは、開示文書に示された説明をもとに、定量・定性をはじめから併せて評価する点が違いである。
【図表3】GLのPay for Performance評価方法
▪️ 制度設計
指標の選定や目標設定は、株主価値創造に資する構造となっているか?
The overall design and structure of the company’s executive compensation programs including selection and challenging nature of performance metrics
▪️ 運用
制度は設計意図どおりに運用され、十分な実効性を発揮しているか?
The implementation and effectiveness of the company’s executive compensation programs, including pay mix and use of performance metrics in determining pay levels
▪️ 開示
制度理解に必要な情報が、十分かつ明確に開示されているか?
The quality and content of the company’s disclosure
▪️ 業績連動性
報酬と業績の連動が、現在および過去のデータに照らして適切か?
The link between compensation and performance, as indicated by the company’s current and past pay-for-performance scores
2. 守りのガバナンス ― 不適切な報酬支払いを防ぐ仕組み
GLとISSはいずれも、不適切な報酬支払いを防ぐ仕組みを重要なガバナンス要素として位置づけており、制度の実効性を確保するという点で共通している。
一方、クローバックへの向き合い方には両社の評価姿勢の違いが表れる。ISSはドッド・フランク法の要件を上回る堅牢な返還制度の整備を求めているのに対し、GLは不正行為、重大なリスク管理の失敗、レピュテーション毀損など、より広範な事象を返還対象とする。つまり、ISSは制度の強度を、GLは対象範囲の広さを重視するという対比がみられる。
GLはさらに、制度が「どのように運用され、どのように説明されているか」という実質面を評価の中心に据える。SOP(Say-on-Pay)の賛成率が80%を下回った場合には企業に対応方針の開示を求め、対応が不十分であれば報酬委員会取締役への反対推奨に至りうるという方針は、制度整備にとどまらず、運用の透明性や対話姿勢を評価軸に据える立場を明確にしているものだと言えよう。
3. 透明かつ包括的な開示 ― 投資家による検証可能性の向上
ISSとGLはいずれも、投資家が報酬制度の合理性を自ら検証できる水準の開示を企業に求めており、透明性の確保という目的を共有する。そのうえでGLは、数値や制度内容が開示されているかどうかだけでなく、企業が業績と報酬の関係をどのような筋道で説明しているかという「伝え方」そのものに焦点を当てる姿勢が際立つ。 GLのガイドラインには、説明の明確さと一貫性(clarity and consistency of the rationale)を評価の中心とする旨が明記されており、報酬決定の根拠となる論理やストーリーが、読み手にとって理解しやすい形で提示されているかまで確認する点が特徴的である2。こうしたアプローチは、開示された情報を踏まえて投資家が業績と報酬の関連性を立体的に把握できるかという観点を重視するものであり、透明性と検証可能性を求めるISSの姿勢と並び、企業が説明責任を果たすうえで押さえておくべき重要な視点となっている。
3. 日本企業への示唆
日本企業に求められるのは、報酬制度を自社の戦略とどのように結びつけているのかを一貫して説明できる状態を整えることである。GLは制度の運用実態や説明の妥当性を重視し、ISSは形式要件の整備や外形的整合性を基点とするなど両社のアプローチは異なるものの、報酬制度が企業の戦略や価値創造と一貫していることが重要であるという点は共通している。そのことを踏まえると、形式的に指標を導入するのではなく、なぜその指標を選び、どのような意図で目標を設定したのかを企業として明確に示すことが求められる。
また、裁量行使の理由や低賛成率を受けた際の対応など、判断プロセスの透明化も欠かせない。制度がどのような基準で運用され、取締役会としてどのように判断しているのかを明確に示すことが、制度への信頼を支える。さらに、設計から結果反映までを一つの流れとして提示する開示を整えることで、投資家が制度の意図と評価過程を適切に理解できるようになる。
GLは2027年以降、一律の賛否推奨を取りやめ、投資家の価値観に応じた複数の見解を提示する形式へ移行する方針を示した。議決権行使の枠組みが多様化する環境においては、自社としての判断軸を中心に据え、株主との対話を通じて長期的な信頼関係を築いていく姿勢が、より一層重要となるだろう。
2 ISS Corporate「Empowering resilient businesses」
3 Glass Lewis「2024 Benchmark Policy Guidelines United States」(2023年11月16日)
4 Mercer「Glass Lewis’s 2024 voting policy updates address clawbacks and stock ownership guidelines」(2023年12月1日)
5 Glass Lewis「2025 Benchmark Policy Guidelines United States」(2024年11月14日)
6 Glass Lewis「2026 Benchmark Policy Guidelines United States」(2025年12月4日)
7 Mercer US「ISS and Glass Lewis gear up for 2026: both launch policy surveys, Glass Lewis previews methodology changes」(2025年8月1日)
8 Mercer JP「グローバル投資家の物差しを先取りせよ ― ISSの最新動向と日本への示唆」(2025年11月20日)
9 Glass Lewis「United States & Canada Pay-for-Performance Methodology Overview」
10 ISS「United States Pay-for-Performance Mechanics ISS' Quantitative and Qualitative Approach」(2024年12月16日)