新たな章のはじまり

社員起点のDEI - 日本企業における従業員リソースグループ(ERG)の現在地と可能性 

10 12月 2025

学生時代、部活動やサークル活動に打ち込んだ経験のある人は多いだろう。目標に向かって日々練習を重ねる。目的を共有する仲間と企画を練り、形にしていく。そんな経験は、社会人になっても心に残っているはずだ。

近年、企業の中でも社員が自発的に集まり、共通の関心をもとに活動する動きが広がっている。従業員リソースグループ(Employee Resource Group:ERG)は、共通の特性や関心を持つ社員が集まって活動する組織であり、サークルのような自発性を起点にコミュニティを形成しながら、社員の声を経営に届けることで企業に価値をもたらす。日本では外資系企業に多く見られた取り組みだったが、日系企業においてもDEI推進の重要な担い手として注目を集めるようになった。

本コラムでは、日本企業におけるERGの現在地とその可能性を考察し、ERGの特性を活かした設計ポイントを探る。

日本におけるERGの現在地

ERGは、1960年代の公民権運動を背景に、アメリカで黒人社員のために立ち上げられた組織が起源とされる。そこから人種、ジェンダー、世代など、さまざまな属性に基づくERGが生まれ、DEIの推進や職場環境の改善を目的とした活動が広げられてきた。社員が自ら立ち上げ、主体的に運営する組織でありながら、企業理念やDEI戦略と重なる場合には、企業側も積極的に支援し、経営層のスポンサーシップの下、制度提言や次世代リーダー育成の場として機能している。

Casey, J. C. (2015). Employee Resource Groups: A strategic business resource for today’s workplace (Executive Briefing Series No. 2). Boston College Center for Work & Family.

 

ERGがもたらす主なメリットとしては以下が挙げられる。

  • 経営・人事課題に対する社員の声の収集・反映
  • コミュニティ形成・居場所の提供を通じたエンゲージメント向上
  • スキル・リーダーシップ向上やタレント発掘に繋がる成長機会の提供

日本では欧米系の企業において、グローバル本社で実施していたERGを日本法人に導入する形での活動事例が多い。日系企業では、欧米企業の事例に倣って導入するほか、自社の海外現法(米国法人など)で組成・活動していたERGが日本の本社に逆輸入される形で活動を開始する事例もある。いずれもテーマは上述のDEI領域が中心だったが、近年はキャリアやライフステージ、スキル開発、業務改善などをテーマにしたERGも生まれ、属性別の活動団体ではなく、学び合いとネットワーキングの場に拡大しているのが特徴だ。そのなかには従来欧米で発展してきた典型的なERGの枠には収まりきらない幅広い形が存在する。

多様なERGの形

このような日本におけるERGの現在地は、ERGそのものの多様性を表していると考えられる。外資系企業では経営戦略と一体化したDEI推進組織として位置付けられるERGが、とりわけ日系企業においては社員の趣味・関心に基づくサークルのような活動までグラデーションのように存在しているのだ。こうした実態を理解するために、ERGをいくつかの観点から整理してみたい。
図:ERGの形(筆者作成)

社員の関心や当事者意識から生まれたERGは、まずはイベントや懇親会の自主運営から始まる。会社から予算が出ることはなく、基本的には就業時間外での活動だ。そこから社員支援や理解促進のための勉強会や啓発セミナーの実施、経営・人事課題への提言等、周囲の社員や経営を巻き込んだ活動に広がる場合がある。するとERGが経営直下に位置付けられ、スポンサーが付く等、推進体制が整備されるほか、予算が割り当てられたり、目標設定に組み込まれたりと、実質的に経営とのつながりが強化されてくる。

ここでのポイントは、「社員起点の活動」から「経営とのつながりが強化された活動」までが連続するグラデーションを形成しているということだ。明確な3つの類型に分かれるのではなく、『目的』は一番右の「経営とのつながりを強化」に位置付けられながら、『運営体制』は中間、などの多様な組み合わせが存在する。

自社らしいERGの設計ポイント

このように多様な形を持つERGではあるが、各社に合ったERGの形はあるのだろうか。ERGは社員主体の活動でありながら、そのエネルギーを引き出すには、会社側も一緒に作っていくという積極的な姿勢が必要だと筆者は考えている。

上記グラデーションが示すように、左に行けば行くほど経営・人事課題との接続が弱く、経営との距離も遠いため、社員の声を経営に届けるという本来ERGに期待される役割までは到達しにくい。一方右に振れすぎると、経営とのつながりが強まる代わりに経営の下請けのような存在になってしまい、社員のための組織だからこそ言えるはずの意見が言いづらくなる懸念がある。本務ではない活動に過度な負荷がかかると自発性が損なわれ、メンバーのモチベーション低下を招きかねない。

ERGが社員のための草の根組織だからこそ拾えるリアルな声(属性や価値観に基づく課題意識、生活者としての体験等)が経営にとって意味のあるインプットとなるのであり、経営と接点を持ちつつも一定の独立性を保てるような設計が求められる。企業とERG双方にとって良い循環を生み出せるよう、左右どちらかに振り切るのではなく、社員の自発性を尊重しながら、経営との橋渡しも担えるようなバランスを追求していきたい。自社の状況や目指す姿に応じて最適なバランスをデザインしていくことで自社らしいERGが生まれるのではないだろうか。

おわりに

ここまで、日本企業におけるERGの現在地を踏まえてその多様な形を整理し、自社らしい設計のポイントについて考察してきた。ERGは学生にとってのサークルのように自発性を起点としながら、社員の声を経営に届けることで組織との接点を作る。その過程で、運営側・参加側双方にとって、DEIをより身近なテーマと捉えて主体的に向き合う機会をもたらし、さらには社員一人ひとりが自分らしさを活かす場にもなっていく。ERGを通じて生まれる個と組織の共鳴こそが、これからの日本におけるDEIの実現を後押ししていくはずだ。
著者
藤田 結

組織・人事変革コンサルティング アソシエイト

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