新たな章のはじまり

同意なき買収における組織・人事領域の取り組みへの考察 

24 9月 2025

活発化する同意なき買収 ー 芝浦電子の事例から ー

最近、同意なき買収が活発化している。一例として、芝浦電子をめぐり、総合精密部品メーカーのミネベアミツミと、台湾の電子部品大手ヤゲオが株式公開買い付け(以下、TOB)価格の引き上げで対抗してきた。元々は、2024年12月にヤゲオが芝浦電子に買収提案を行い、芝浦電子の合意を得られなかったため、TOBを開始した(TOB価格: 1株4300円)。そこで芝浦電子は、いわゆるホワイトナイト探しを始め、2025年4月10日にミネベアミツミがPEファンドのアドバンテッジパートナーズと共同で対抗TOBを発表した(TOB価格: 4500円)。

その後、双方がTOB価格を引き上げ続け、2025年8月15日にミネベアミツミがTOB価格を6200円とすることを発表(その時点でヤゲオのTOB価格と同一)。これに対して、ヤゲオは同年8月23日にTOB価格を7130円まで引き上げることを表明したが、ミネベアミツミは、これ以上のTOB価格の引き上げ合戦には応じない旨、発表していた。その時点でのTOB価格は、ヤゲオの方がミネベアミツミを上回っていたが、ミネベアミツミは芝浦電子の株主に対し、ミネベアミツミの買収提案の方がシナジーが大きく、「早期かつ確実な現金化」の機会を届けたいと考えていると発表しており、この点を株主がどう判断するかにより、状況は依然として流動的であった。また、芝浦電子は温度センサー技術等を保有しており、安全保障上の理由から外為法上の審査・認可が必要とされるコア事業に指定されているため、ヤゲオは外為法の審査をクリアする必要があったが、同年9月2日に外為法上の承認も下りた。

ミネベアミツミは2025年9月11日を期限としてTOBを実施していたが、最終的にはTOBへの応募株式数が買付予定数下限に届かず、TOBが不成立となったことを同年9月12日に発表した。結果として、ホワイトナイトがTOB合戦に敗れるという日本ではほぼ前例のない形で決着した。

2020年以降に見る同意なき買収の事例と近年増加するMBOによる非上場化

同意なき買収は、その他にも度々ニュースで報道されている。昨年から今年にかけての同意なき買収の代表的な事例として、芝浦電子について取り上げたが、昨年までの同意なき買収の他事例は図表1の通りである。同意なき買収の形もさまざまで、コロワイドのように、まず対象会社の経営陣との対話を模索後にTOBを実施した事例もあれば、SBI HDのように最初から対象会社の経営陣との会談を一切拒否しTOBに踏み切った事例もある。

図表1. 活発化する同意なき買収の事例

出所: 東京読売新聞 朝刊(2024年5月28日)および MARR M&A統計を基に筆者作成 * コロワイドの会計基準はIFRSであるため、保有株式が51%を下回っていても、役員を派遣するなど「実質的な支配」基準で子会社化することができた ** 議決権が50%を超えると銀行持株会社として金融庁の認可が必要となる。過去5年間の議決権行使比率の平均が86.2%であり、買い付け上限に設定した48%の株式を保有すれば実質的な議決権は過半数となり、SBI HD単独で新生銀行の取締役選任・解任が実施できる状況が想定された
また同意なき買収と並んで、マネジメント・バイアウト(以下、MBO)による非上場化のニュースも増えている印象である。同様に昨年までのMBOの事例は図表2の通りである。2023年は、MBOが17件行われ、その買付総額は1兆4000億円を超えた(レコフデータ調べ)。2024年のMBOによる非上場化は6月までに6件あり、うちオーナー系企業のMBOが4件を占める*。同意なき買収の活発化を受け、改めて自社の成長戦略や上場の意義を問い直し、結果的にMBOを選択する動きにつながっているのではないかと筆者は考えている。

図表2. MBOによる非上場化も近年増加傾向

出所: レコフM&Aデータベースを基に筆者作成 * 近年のMBO増加については、2022年の東証市場再編に伴う上場審査基準の厳格化、2023年の東証による「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請(関連する対応等を開示した企業は開示企業一覧表へ掲載)により、企業の上場負担が増加したことに起因するとの意見もある(https://www.smd-am.co.jp/market/ichikawa/2023/12/irepo231206/) ** ダイヤモンド・オンライン記事より引用(https://diamond.jp/articles/-/340680)

同意なき買収が増えている背景

そもそも、同意なき買収が増えている背景としては、2023年に経産省が「企業買収における行動指針」を公表したことが契機になっていると考えられる。以前は、対象会社の経営陣に事前打診することなく突然TOBを仕掛けるようなケースが多く見られ、敵対的買収という言葉をよく耳にした。敵対的買収という言葉が想起させるネガティブなイメージも影響し、株主の賛同を得られにくい土壌があったと考えられる。同指針において同意なき買収という言葉が登場したが、この言葉の中には、対象会社の経営陣に事前打診することなく突然TOBを仕掛けるケース(一昔前まで敵対的買収と呼ばれていたケース)、対象会社の経営陣に事前打診し対話を模索するものの、対象会社の経営陣と折り合わずにTOBを仕掛けるケース、いずれも含まれる点に留意する必要がある。この頃から、同意なき買収(一昔前まで敵対的買収と呼ばれていたケースを含む)であっても、被買収企業は株主目線で、真摯に買収提案について検討すべきであるという風潮に変わった。詳細は図表3を参照いただきたい。

図表3. 経産省を中心とした規制当局によるM&A指針公表の経緯

出所: 規制当局による公開情報を基に筆者作成 *本行動指針の定義では、対象会社の取締役会の賛同を得ずに行う買収をいう。英語のhostile takeoverに相当する買収が含まれる

また同年に東京証券取引所が上場企業に対して、「資本コスト・株価を意識した経営の実現への対応」を要請することを公表したことも影響していると考えられる。詳細は図4の通りである。経緯としては、PBR1倍割れの上場企業がプライム市場の50%、スタンダード市場の64%、TOPIX500構成企業の43%と、海外の上場企業と比べて突出していることに対して東証が問題提起をし、プライム市場・スタンダード市場の全上場企業を対象として、以下を要請。同要請への対応状況を定期的に開示することを求めた。

  • 持続的な成⻑と中⻑期的な企業価値向上を実現するため、単に損益計算書上の売上や利益⽔準を意識するだけでなく、バランスシートをベースとする資本コストや資本収益性を意識した経営を実践すること
  • 具体的には、取締役会が定める経営の基本方針に基づき、経営層が主体となり、資本コストや資本収益性を⼗分に意識したうえで、持続的な成⻑の実現に向けた知財・無形資産創出につながる研究開発投資・人的資本への投資や設備投資、事業ポートフォリオの⾒直し等の取組みを推進することで、経営資源の適切な配分を実現すること

図表4. 東証による資本コスト・株価を意識した経営の実現への対応要請

出所: 日本取引所グループウェブサイトより引用(https://www.jpx.co.jp/news/1020/20230331-01.html)

問われる被買収企業の人的資本価値

同意なき買収を積極的に行いやすい社会に変化する中、マーサーにも関連する問い合わせが増えている。案件の性質上、その詳細について言及することはできないが、通常の買収と同意なき買収とを比べた時に、組織・人事領域のデューデリジェンスやPMIで取り組むべきことに違いはあるだろうか。筆者の考えでは、取り組むべき内容そのものに大きな違いは生じない。ただし、同意なき買収では、芝浦電子の例の通り、ホワイトナイトが出現する等でTOB合戦に至ることが多く、その結果として、TOBプレミアムを上乗せした最終的な買収価格が吊り上がっていく。したがって、通常の買収と比べて、吊り上がった買収価格を正当化できるだけの実現価値が、より大きく求められるという特性がある。買収時には表面価値に一定のプレミアムを上乗せする。事業シナジーや各種PMI施策によって、支払ったプレミアムを正当化できるだけの新たな価値をどこまで引き上げられるかが重要だ。同意なき買収における、企業価値と実現価値の関係については、図表5を参照いただきたい。

図表5. 企業価値と実現価値の関係

出所: マーサージャパン

この実現価値を生み出すためには、被買収企業の人的資本が非常に重要である。一昔前と比べて、敵対的買収という悪いイメージは薄まっている風潮があるものの、被買収企業の当事者である従業員の目線に立つと、日々、TOB価格の引き上げ合戦のニュースを従業員は目にしており、同意なき買収を行う買収者が、TOB成立後に、自身の雇用や処遇に悪影響となることを行うのではないかといった不安を抱くはずだ。

そのため、同意なき買収では、被買収企業の従業員に対して、買収後の事業の方向性や従業員の雇用や処遇に関する買収者としての考えを丁寧に説明するなど、通常の買収と比べてより一層、従業員エンゲージメントに配慮する必要がある。このように、同意なき買収であるから、デューデリジェンスやPMIで取り組むべき内容が変わるというよりは、通常の買収時でも取り組むべき内容について、より一層力を入れて迅速に対応すべきであると考える。被買収企業の人的資本価値を毀損しないよう、特にPMIでの取り組みに力を注ぐことが求められる。

人的資本価値を高めるために組織・人事領域での取り組み

先述の通り、同意なき買収とそうでない場合において、組織・人事領域で取り組むべき内容に大きな違いはないと考えるが、同意なき買収を行う企業の立場では、被買収企業の現経営陣リテンションおよびアセスメントを、新経営チーム体制の構想に応じて実施する必要があるだろう。考えられる新経営チーム体制の構想シナリオに応じた、経営陣リテンション・アセスメントの対応関係を図表6に示した。

図表6. 新経営チーム体制の構想とリテンション・アセスメント

出所: マーサージャパン
以上、最近の同意なき買収が活発化している背景を紹介するとともに、同意なき買収時には組織・人事領域での取り組みにより一層力を入れるべきであるという見解を述べてきた。今後も同意なき買収は増えていくと考えられるが、同意なき買収に直面される当事者の方はもちろんのこと、そうでない方にとっても、本稿が組織・人事領域での取り組みを検討される際の一助になれば幸いである。
著者
白川 雄一
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