気候変動と機関投資家の動向
25 8月 2025
海洋熱波と温室効果ガスの濃度上昇
2025年夏、日本では各地で観測史上初の猛暑を記録し、地域によっては最高気温が40℃に達することも珍しくなくなった。私たちが経験しているこの急激な温暖化の背景には、日本を取り囲む海の温暖化(海洋熱波)があると言われている1。日本近海の温暖化は、世界の海の2倍以上の速さで進んでいるという。熱中症による被害が連日報道され、エアコン利用等による熱中症対策が必須となるなか、「温暖化防止」のかけ声もすっかり影を潜めてしまった。
1 “海の温暖化” 海洋熱波 いったい何が起きている?影響は? | NHK防災
気候変動の主因である温室効果ガスの排出量は、地域によっては排出削減が進んでいるものの、世界全体では増加が続いており、その結果、産業革命以前280ppm程度で安定化していた大気中のCO₂濃度は上昇を続け、今年424ppmに達してしまった2。気候変動はすでに各地で経済社会に影響を与えているが、今後さらに大きな影響が及ぼすと予想されている。
マーサー調査から見る投資家動向
このような状況下、各地では紛争が続くなか、米国がパリ協定から脱退、国際社会の気候変動対策に向けた機運は後退してしまっている。民間資金に期待が寄せられているが、実際の投資家動向はどうだろうか。マーサーが例年実施している大規模なアセットオーナー向けのサーベイ”Large Asset Owner Barometer 2025”(74機関、運用資産総額2兆ドル超が参加3から確認してみたい。
3 Large Asset Owner Barometer 2025
サーベイに参加した機関の数は前年の61から74に増加しており、母数が変化している点には注意が必要だが、気候変動に関する回答から、投資家の取り組みには後退している側面が見られる。例えば、「投資目標もしくは方針で気候変動に言及している」との回答(2024年: 87%、2025年: 62%)、「ネットゼロ目標を設定済み」との回答(2024年: 52%、2025年: 42%)は減少しており、「気候移行目標を設定する計画はない」という回答(2024年: 8%、2025年: 39%)は急増している。
なお、投資におけるネットゼロ目標とは、ポートフォリオの温室効果ガス排出量をネットでゼロにする目標を指す。ネットでゼロとは、森や海などによる吸収と、化石燃料の燃焼などによる排出のバランスを踏まえた概念である。ポートフォリオの温室効果ガス排出量は、ポートフォリオに組み込まれた個々の投資先発行体の排出量から算定される。
ただし、投資家の取り組みは前年比では後退している側面が見られるものの、62%の投資家が投資目標もしくは方針で気候変動に言及しており、67%の投資家が気候移行目標を設定済み、42%の投資家がネットゼロ目標を設定済みと、多くの大規模投資家にとってこの問題は重要なイシューであり続けている。なかでも特に運用資産額が多い投資家で取り組みが進んでおり、運用資産額200億ドル以上の投資家では56%が2050年までのネットゼロ目標を、7%が2030年までのネットゼロ目標を設定している。
また、今後1年間にサステナブル投資への資金配分を減らすとの回答が8%だったのに対して、増やすとの回答は24%だった。なかでも欧州のアセットオーナーの投資意欲は強く、32%が今後1年間にサステナブル投資への資金配分を増やすと回答した(減らすとの回答は13%)。そしてインパクト投資への資金配分を増やすとの回答は29%に達した(減らすとの回答は1%)。
インパクト投資への関心
近年、日本でもインパクト投資への関心は高まっている。2022年から日本独自のイニチアチブとして「インパクト志向金融宣言」が発足し、複数の金融機関が署名しているほか、本年2025年にはインパクト投資の国際的なネットワークThe Global Impact Investing Network(GIIN)の日本のワーキンググループが発足した。
2024年に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、「サステナビリティ投資は、持続可能な社会の実現とともに中長期的な投資収益の向上を図るものであり、GPIF・共済組合連合会等が、投資に当たり、中長期的な投資収益の向上につながるとの観点から、インパクトを含む非財務的要素に対する考慮は、ESGの考慮と同様、「他事考慮」に当たらない」とし、公的年金において「こうした整理を踏まえた取り組みを行うことについて検討する」と記載された。これを受け、公的年金では、インパクトを考慮した投資の検討が進められている。
広範な投資手法を含む「サステナブル投資」とは異なり、「インパクト投資」は、環境・社会への効果を意図して行う投資であり、その効果の計測と報告を特徴とする。GIINの集計によれば、インパクト投資の市場規模はおよそ1.5兆米ドル、約3,900機関が運用を行っている。気候変動も大きなテーマの一つであり、このような意図を持った投資が日本でも広がりつつあることを歓迎したい。
受託者責任と気候変動対応
米国ではサステナブル投資と受託者責任をめぐって今も議論が続いているが、特に気候変動に関しては、温室効果ガス排出削減が進まない限り、CO₂をはじめとする温室効果ガス濃度は今後も上昇を続け、温暖化は進み、気候変動による経済社会への影響は増大し続ける。
マーサーでは、気候変動がポートフォリオのリターンに与える影響について、モデルポートフォリオに基づくシナリオ分析を行っており、多くの機関投資家にとって最も気候変動の影響を抑えられたときにポートフォリオのリターンが最大化する、このため長期投資家にとって低炭素社会への移行を成功させることは必須との結論を出している4。
熱波に襲われている欧州の報道で、「この夏は私にとっては最も暑い夏だけど、子どもたちにとっては最も涼しい夏になるかもしれないと思うと複雑」との市民のコメントが忘れられない。短期的には逆風の気候変動対策であり、サステナブル投資だが、根本的な問題が解決しない限り、中長期的に重要なイシューであり続けるだろうと改めて思う。