新たな章のはじまり

増える海外赴任者の不妊治療 企業の対応は? 

12 8月 2025

2022年、日本国内で不妊治療が健康保険の適用対象となり、企業の福利厚生設計に大きな影響を与えた。とりわけ、グローバルに展開する企業にとっては、海外赴任者に対しても同様のサポートをどう実現するかが、新たな検討課題として浮上した。このトピックについては、以前にもマーサーコンサルタントが「海外駐在員と不妊治療保障」と題するコラムを公開しているが、制度改正から3年を経た現在、企業の対応状況は一定程度進展しているものの、実態にはばらつきがあり、制度設計上の新たな課題も顕在化している。本稿では、海外赴任者に対する不妊治療保障の現状、企業の取り組みパターン、そして今注目されている新たな対応手段について解説する。

対応の遅れが残る現実:制度改正から3年が経過してもなお

2025年4月にマーサージャパンが実施した調査によれば、海外派遣中の不妊治療に対して、「費用補助(会社からの補填、または保険給付範囲に含む)」と回答した企業は28%にとどまり、66%が「サポート内容がわからない」という。その他、「現在検討中」(6%)、「外部専門相談窓口の提供」(1%)、「特になし」(4%)といった回答も見られた。この結果から、不妊治療の健保適用が国内では一定の整備をもたらした一方で、海外赴任者に対する支援は企業ごとに取り組みの温度差が大きく、未対応や未整理なケースが多数存在している実情が浮き彫りとなっている。

マーサージャパン「海外派遣者の医療保障 実態と取り組みについて」(2025年4月実施)

企業の対応パターン:主に2つの方式

対応を進めている企業の取り組みは、主に以下の2つに分類される。

  1. 費用還付(手当支給)
    赴任者が現地で受けた不妊治療に対し、会社が後から費用を還付する方式である。制度導入が比較的容易で柔軟性も高いが、治療費が医療機関ごとの“言い値”になるリスクがあり、費用が肥大化するリスクを抱える。また、治療内容の精査が困難で、企業として制度の透明性や公平性を確保することも難しい。

  2. グローバル医療保険による保障
    近年増加しているのが、グローバル医療保険に不妊治療保障を組み込む方式である。提携クリニックの活用や審査基準の明確化により、治療の質や費用上限を事前に把握しやすく、企業としてもコスト管理のしやすさがメリットとなる。実際に、不妊治療への対応を検討する中で、グローバル医療保険の導入や再設計を行った企業も増えている。

医療費の高額化という課題:保障があるだけでは不十分に

一方で、不妊治療をめぐるもう一つの大きな課題が、医療費の高額化である。

米国、シンガポール、アラブ首長国連邦などでは、1サイクルあたり5000〜15000米ドル(約75万〜225万円)というケースも少なくなく、複数サイクルにわたる治療が必要となれば、年間で数万ドル(約300万〜600万円)に達することもある。このような状況では、単に保障を設けるだけでは十分ではない。高額な医療費を前提とする中で、無駄な治療の排除や、医学的に適切なタイミングと方法による治療の選択を支援することが、企業にとって重要な視点となる。

Mercer Health, Cost of Fertility Treatments Across Countries – 2024 Benchmark Report (24 December 2024)

治療の「最適化」を支える外部支援サービスの活用

そこで注目されているのが、不妊治療に特化した支援サービスとの連携である。その代表例がCarrot Fertilityである。Carrotは、各国の認定医療機関とのネットワークや、患者教育、治療ガイドラインの提供を通じて、従業員にとっても企業にとっても「医学的に適切で、費用対効果の高い治療選択」を支援する仕組みを持つ。こうしたサービスを、グローバル医療保険とハイブリッドで組み合わせる設計が注目されており、企業によっては保険請求に連動した利用フローを構築している例もある。

Carrot Fertility, Personalized care for your global workforce, Carrot Fertility website (17 July  2025)

これからの不妊治療保障に求められる視点

海外赴任者の不妊治療保障は、いまや福利厚生の一環を超え、企業の人材戦略やインクルーシブな施策の推進とも密接に関わるテーマとなっている。制度が「ある」ことではなく、「どのように機能させ、どう持続可能に設計するか」が問われるフェーズに入った今、企業には医療費リスクを見据えた保障設計と、治療そのものを最適化するための支援施策が求められている。治療の質、費用の妥当性、従業員の安心感―それらをバランスよく実現することこそが、今後の福利厚生戦略の鍵となる。
著者
下村 楓
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