福利厚生をコスト(支出)からインベストメント(投資)へ 

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14 7月 2025

未曾有の物価上昇や不動産価格の高騰などで賃上げ圧力は一段と増し、2025年の春闘では2年連続の5%台の賃上げとなった1 。また、企業の需要ほど供給されない新卒学生や中途採用マーケットでは売り手市場が久しく続いており、未来を担う若手社員の人材獲得競争が熾烈を極めている。この環境で、当然魅力的な現金報酬の提示は企業としても優先される選択肢ではあるが、果たしてそれだけで良いのだろうか。

今回のコラムでは福利厚生制度の有用性に改めて注目し、現金報酬に勝るとも劣らない人を惹きつけるそのポテンシャルをお伝えするとともに、福利厚生をコスト(支出)からインベストメント(投資)にするための考え方を紹介する。

 1 第 95 回中央委員会確認/2025.5.28 「2025 春季生活闘争 中間まとめ ~評価と課題~」(2025年6月17日取得、https://www.jtuc-rengo.or.jp/activity/roudou/shuntou/2025/houshin/data/matome20250528.pdf?287

現金報酬と福利厚生の比較

まず、賃金などの現金報酬は福利厚生よりも分かりやすく、また使途が限定されていないという点も考慮すると、福利厚生の充実よりも高い現金報酬の方が歓迎されるのは自明の理である。それに比べ、福利厚生制度は使途が限定されており、その恩恵を受けるものがいれば受けられないものもいるという不公平感が課題として浮き彫りになる。そのため、会社の限られた資金をどちらに投下するかと問われれば、現金報酬の増額を選択する方が賢明に見えるが、果たしてそうなのだろうか

従業員が受け取る賃金は、所得税や住民税などの税金に加え、健康保険料や厚生年金保険料などの社会保険料を差し引いたものが支給される。そのため、企業が拠出した金額を従業員はそのまま享受できない。さらに、企業側も雇用保険や労災保険などの労働保険、また社会保険料についても従業員と同額かそれ以上負担をしているため、企業の拠出金額と従業員の手取り金額には、さらに大きな乖離が生じることになる。

福利厚生制度の良い点として、スケールメリットと優遇された税務の2つが挙げられる。例えば、個人が契約するような保険や賃貸住居(借り上げ社宅や社員寮)などは、スケールメリットを活かしやすい。また税務面では、福利厚生の多くは福利厚生費として認められており、労使ともに社会保険料負担を抑え、従業員の可処分所得が目減りしにくい。 

効率的かつ効果的な福利厚生設計とは?

福利厚生にかけられる予算の配分は一般的にはどの程度なのか、総報酬に対する内訳を下図1に示す。

総報酬の内、福利厚生費の割合は17%となっているが、さらにその内72%(総報酬に対して約12%)が法定福利費となり、企業が負担を強いられている福利厚生費は決して少なくない。公的な補償である社会保障が手厚い日本において、福利厚生費をコストと感じる企業が多いのもこの負担が原因なのではないか。

ただ、今回目を向けたいのは福利厚生費の内28%(総報酬に対して約5%)を占める法定外福利費である。この法定外福利費は自社の裁量で社員へ還元できるため、会社の方針を色濃く反映させることができる。健康経営に力を入れる企業や、働きやすさ支援に力を入れる企業など様々あるが、総報酬の約5%と極めて限定的な予算であることを考慮すると、法定外福利費を単なるコストから戦略的に配賦するインベストメントに転換させるためには、福利厚生制度の効率的かつ効果的な設計が必要である。

効率的という点は、コストの観点で必要としていない人に過剰に供給しないことを指している。例えば、日本では慶弔金が一律設定されている企業を多く見かける。ひと昔前より従業員属性が多様化し、子供のいない共働き夫婦や、独身世帯の増加、また保険等は自助努力で十分に賄っている層もいるため、慶弔金は、一律提供という点で平等であっても、果たしてすべての従業員に同じだけ必要なのだろうか。福利厚生は必要な人に必要なだけ過不足なく備えることが効率的な設計だと言える。

効果的という点は、投下する費用に対して期待する効果を最大化させることをここでは指している。例えば、自己研鑽のための書籍購入費一万円分と、ギフトカード一万円分のどちらを受け取るかと従業員に聞けば、ほぼ間違いなくギフトカードが選ばれるだろう。理由は単純明快で、用途がギフトカードの方が広く、自己研鑽の書籍であってもギフトカードで購入できるからである。しかし、企業としては社員のモチベーションアップやスキルアップにつながらない施策は効果的とは言えず、逆に会社が用途を限定することで福利厚生制度の効果を高めることができると言えるのではないか。

海外先進企業に学ぶ効果的な福利厚生デザイン

海外では福利厚生はどのように捉えられているのであろうか。米国では日本とは社会保障制度が大きく異なっており、医療補償などのセーフティーネット支援が企業の福利厚生の中核と見なされている。日本では病院に行く際に健康保険を利用できるが、米国では従業員の多くは公的な補償(メディケア・メディケイド)ではなく、企業が契約する医療保険などで有事の際は補償される。そのため日本のように福利厚生としての医療補償の内容は一律ではなく、企業ごとに差が生じる事も少なくない。従業員は現金報酬と同じように企業にセーフティーネットの役割を期待し、また企業はその点に資金を重点的に投下することで、人材獲得競争下における企業価値を高めている。実際にマーサーで実施しているポートフォリオ診断の傾向を見る限り、事業所は日本にあったとしても、外資系企業の方がセーフティーネットへの意識は高く、従業員への保険や資産形成に関しては多くの資金を投下している。海外先進企業では、従業員が必要としているセーフティーネットの提供が費用に対する効果が高い福利厚生と認知され、そこに資金を重点的に投下することが効果的と判断していると言えるのではないか。

日本では、従業員の多様化に合わせた福利厚生制度として、近年カフェテリアプランが多く採用されている。カフェテリアプランとは、企業が従業員に一定のポイントを支給し、従業員はその範囲内で自由に福利厚生メニューを利用できる、従来の一律提供の福利厚生とは一線を画す福利厚生制度である。まるでカフェテリアで好きなメニューを選ぶように、従業員が自分に必要なサービスを自ら選べることがその名前の由来になっている。

マーサーが昨年実施した「福利厚生の今後の方向性に関するスナップショットサーベイ」によると、カフェテリアプランを既に導入している企業に、今後導入を検討していると回答した企業まで加えると、実に60%程の水準となり、こと2,500名以上の企業に絞ると80%を超えていた。従業員自身が必要な福利厚生制度を選択することで、公平であり効率的な制度だと言える。

その一方で効果的な制度になっているのだろうか。カフェテリアプランで選択されている項目を分野別に見ると、宿泊費や旅行費、イベントのチケット費用などを目的とする「余暇」への利用が飛び抜けて高いことが分かる。 

図2. カフェテリアプラン分野別累計ポイント消化率

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元々カフェテリアプランの原資が保養所やレジャーなどの文化活動支援からも拠出されているため、カフェテリアプラン導入時にこれらの選択肢を残置している企業が多いと言える。しかし、宿泊費や旅行費を従業員が選択した場合、一般的にその費用は福利厚生費としては認められず従業員自身の課税所得となることも考慮すると、むしろ賃金として支給する方が望ましいのではないだろうか。福利厚生は賃金の代替ではなく、海外先進企業に見るように、会社が企業戦略に基づいて重点的に資金を投下する福利厚生制度を絞り込むことで、その投資効果を最大化させられるのではないか。

これからの福利厚生制度とは

冒頭で現金報酬に比べて福利厚生制度は使途が限定されていることが課題だと述べたが、マーサーでは福利厚生制度はむしろ企業のパーパスやカラー(特色)を従業員に伝える戦略の一つだと考えている。会社のパーパスやミッションから行動理念やビジョンへ具体的に戦略が落とし込まれ、会社が従業員を「あってほしい姿(To be)」にする手段として、福利厚生制度を活用すべきだと考える。ただし、法定外福利に費やせる額は限定的なため、効率的かつ効果的に備えたい。他社を見て横へ倣えではなく、自社のパーパスやカラーに沿って様々な福利厚生のうち重きを置く制度を絞り込むことで、そこに投下する支出(コスト)は投資(インベストメント)になり得るのではないか。福利厚生がコストになるかインベストメントになるか、この機会にぜひ自社の福利厚生戦略を改めて見つめ直してほしい。
著者
岡田 章宏

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