取締役会の議論活性化に有効な施策とは
05 12月 2024
取締役会における議論活性化の重要性
2015年のコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)第1版発表を契機として本格化したコーポレートガバナンス改革は、法改正やコード改訂、各種実務指針の発表、市場改編等を通じ一定の進展が見られる。例えば、取締役会の機能発揮に向けて、2021年のCGコード改定でプライム市場上場会社における独立社外取締役3分の1以上の選任が義務付けられ、その比率を満たす会社は73.1%(2021年時点)から98.2%(2024年時点)まで増加した1。
図1. 取締役会における社外取締役の比率(東証1部/東証プライム)
他方、日本取引所グループは「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」2(2023年3月)にて、資本コストの最適化や株価上昇を通じた、持続的な成長と中長期的な企業価値向上を上場会社に要請している。これは、コーポレートガバナンス改革が「形式的整備」の段階から「実質的機能・結果追求」の段階へと移行していることを示唆しており、例えば前述の取締役会の機能発揮においては、取締役の「量(人数・内訳)」から取締役会における議論の「質(議論の活性化)」へと重要な論点が変わってきている。マーサーの調査においても、取締役会実効性評価を踏まえた課題として「個別課題に関する議論の質」が最上位に挙がっており、議論の活性化を通じた質の向上は重要な取り組みテーマであると考えられる。
1 取締役協会「上場企業のコーポレートガバナンス調査」(2024年8月1日)
2 東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」(2023年3月31日)
2 東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」(2023年3月31日)
取締役会の実効性評価を踏まえた課題
4.5.5 取締役会の実効性評価の結果、課題となっているのはどのようなものですか(複数回答可)
取締役会の議論活性化に向けては、取締役会本番「以外」での議論機会が有効的であると筆者は考える。本施策は、CGコード 補足原則4-8①(独立社外者のみを構成員とする会合の定期開催)、原則4-12(取締役会における審議の活性化)、原則4-13(情報入手と支援体制)3でも言及されており、コンプライ率も90%を超えている4ものの、筆者が懇意にさせていただいている取締役の方々からその実質性に疑問を感じるとの声を頂くこともしばしばである。そこで本コラムでは、当施策に取り組む2社(2023年度コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤーを受賞した味の素グループ・荏原製作所)の事例を踏まえ、その有効性について考察する。
3 東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」(2021年6月11日
4 東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コードへの 対応状況 (2022年7月14日時点) 」(2022年8月3日)
4 東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コードへの 対応状況 (2022年7月14日時点) 」(2022年8月3日)
議論活性化に向けた施策の事例
事例①:味の素グループ
味の素グループでは、コーポレートガバナンスについて「ASV経営を強化し、2030年のありたい姿を実現するための重要な経営基盤の一つと位置づけている5」と明記し、取締役会における議論活性化のポイント及び取り組み結果を開示している。具体的な施策としては、①オフサイト取締役意見交換会の開催、➁社外取締役連絡会の開催の2点が挙げられる。
- オフサイト取締役意見交換会
2024年度新たに設けられた取り組みで、グループの企業価値をどのように向上させるかについて資料を用いず自由に議論する場。この会において、「2040年以降の経済や社会の環境変化に対応するためにも~」といった中長期戦略に関する議論や、「企業価値を高めるために企業文化は重要な要素」といった非財務指標に関する議論があった点も統合報告書にて開示されている。
なお、取締役会のように結論を得ることを目的としない議論の場の重要性については、経済産業省「社外取締役の在り方に関する実務指針(社外取締役ガイドライン)」 の2.2「取締役会を活性化させるための運営の工夫」でも言及されており、コロナ禍が収束しつつある昨今、他企業でもオフサイトセッションの対面開催が行われている。
- 社外取締役連絡会
社外取締役のみが集まり、取締役会での審議テーマを明確化する場。取締役会本番での審議を充実化させること及び取締役会のみでは担保しにくい社外取締役間での意見交換を活性化させることを目的としている。
味の素グループの施策・取締役会における議論活性化のポイント
5 味の素 ASV REPORT 2024 ASV Report
事例➁:荏原製作所
荏原製作所では、2000年前後よりコーポレートガバナンス改革に着手し、現在ではフェーズVとしてコーポレートガバナンスを進化させ具体的な成果へと繋げる 「Governance to Value」を目指している。取締役会の機能発揮に向けた具体的な施策として、「社外取締役会議の開催」が挙げられる6。
社外取締役会議:
取締役会の数日前に毎月開催されている、独立社外取締役のみで構成される会議体。担当執行役が取締役会議案に関する事前説明を行い、独立社外取締役が理解を深め、事前に議論を行った上で取締役会に臨むことを企図している。
なお同社では、2024年度に「独立社外取締役による機関投資家向けスモールミーティング」を開催し、コーポレートガバナンスの変遷、報酬委員会の取り組みについて機関投資家との対話を行った7。このような独立社外取締役主導での取り組みは、取締役会の機能発揮に向けた各人の強いコミットメントがなくして成立しづらく、同社における十分な議論を経た取締役会の一体感が感じられる。
荏原製作所の取り組み
その結果、ガバナンス改革が執行の実行力として身を結び、営業利益率・株価の上昇ひいては、2023年度に2030年度目標に掲げていた時価総額1兆円を達成することができている。
コーポレートガバナンス改革とその結果
6 荏原製作所 INTEGRATED REPORT 2024
7 荏原製作所 ニュースリリース「証券会社主催 独立社外取締役スモールミーティングを開催」(2024年4月12日)
7 荏原製作所 ニュースリリース「証券会社主催 独立社外取締役スモールミーティングを開催」(2024年4月12日)
コーポレートガバナンスの深化に向けて
これまで、取締役会での議論活性化に向けた施策について、2社の事例を見てきた。コーポレートガバナンス改革が進む中、取締役会に占める独立社外取締役の比率といった「形式」については一定の改善が見られている一方、取締役会での議論活性化といった「実質」的な取り組みは更なる強化余地があると考えられる。
上記2社の事例では、取締役会「以外」での議論機会を形式的に設定することに加えて、「自由な意見交換」を通じ実質性を追求している様子が窺える。このような日々の地道な取り組みが、取締役会での議論活性化ひいては意思決定の質向上につながるのではないだろうか。本コラムが、取締役会での議論活性化を通じたコーポレートガバナンスの深化、ひいては企業価値の向上の一助になれば幸いである。
上記2社の事例では、取締役会「以外」での議論機会を形式的に設定することに加えて、「自由な意見交換」を通じ実質性を追求している様子が窺える。このような日々の地道な取り組みが、取締役会での議論活性化ひいては意思決定の質向上につながるのではないだろうか。本コラムが、取締役会での議論活性化を通じたコーポレートガバナンスの深化、ひいては企業価値の向上の一助になれば幸いである。
著者
大野 真菜美
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