健康保険危機に備える従業員福利厚生制度 

20 10月 2024

2017年に健康保険に関するコンサルティングのご依頼が増えているというコラム、「健保コンサルニーズ」を書いた。2024年となった今、当部門には変わらず日々多くの企業からご相談がある。

健康保険は保険事業の運営主体(保険者)により2種類に分かれ、主に中小企業が加入する「全国健康保険協会(協会けんぽ)」と、大企業が単独または複数社共同で設立する「健康保険組合(組合健保)」がある。分社化等による健康保険組合の変更への対応、会社を新設し協会けんぽの加入期間が1年を超えたため同業種で構成される健康保険組合に新たに加入申請したいなど、クライアントからのご相談内容は様々であり、近年は外資系のみならず日系企業からのお問い合わせも増えている。

健康保険組合は「協会けんぽよりも(一般的に)料率が低く、給付が良い」と認識されているからこそ、多くの企業は「健康保険組合に加入していれば安心」と考えるのではないか。

社会保障制度の弱体化

社会保障制度とは、国民の生活の安定を生涯にわたって支える役目を持つセーフティネットとして作られたものであり、「社会保険」「社会福祉」「公的扶助」「保健医療・公衆衛生」の4つの分類に分けられる1

社会保険の中でも、多くの人が利用の機会が多く、生活に影響があるのは健康保険である。医療費原則3割負担であることは国民健康保険も同様だが、病気や怪我で働けなくなってしまった場合に給与の一定割合を給付として受けられる「傷病手当金」や、出産により仕事を休んでおり給与の支払いがない場合に給付が受けられる「出産手当金」があるため「国民健康保険」よりも被用者の社会保険の保障は手厚い。組合健保ではさらに付加給付がある場合があり、インフルエンザ予防接種の補助等の保健事業があるなど、さらに内容が手厚くなっている。

しかし、この給付水準は今後も維持し続けられるのだろうか。健康保険組合連合会は、健保組合の2024年度の収支ついて、約9割の組合が赤字となる見通し2と発表している。

1 厚生労働省 “社会保障とは何か”(日付不明)
2 健康保険組合連合会 “令和6年度健康保険組合 予算編成状況”(2024年4月23日)

今後も続く健康保険の財政悪化

財政が悪化している組合健保では、給付を維持するため、保険料率の引き上げを行っている。内容が良いとIT業界のクライアントから問い合わせの多い「関東ITソフトウェア健康保険組合」では2024年度、健康保険料率を8.5%から9.5%に引き上げた。介護保険料2.0%と合わせると計11.5%となり、協会けんぽ(東京)の保険料率(11.58%)とほとんど変わらない。その他、料率改定により協会けんぽよりも保険料率が高くなってしまう組合健保もあれば、付加給付や保健事業が一部廃止されるケースもある。財政がさらに厳しくなれば、健保自体が解散となってしまうリスクさえもある。「組合健保に入っていれば安心」という考えはもう通用しない時代になってきている。

高齢化に伴い社会保障給付費は今後も増え続ける。厚生労働省は、高齢者数がピークを迎える2040年には社会保障給付費は190兆円になると見込んでおり、2018年の121兆円と比較するとおよそ1.6倍3になる。そのため、今後の社会保障の持続可能性を確保するためには給付と負担の見直しと併せて、医療・介護等に関する取り組みについて国民的な議論が必要であると公表している。

3 厚生労働省 “今後の社会保障改革について-2040年を見据えてー”(2019年2月1日)

セーフティネットとしての福利厚生制度

社会保障が今後も持続していくためには、その役割を企業の福利厚生制度が補完していく未来が予想される。

セーフティネットの役割を企業がより担うとすれば、企業は自社の福利厚生制度の内容やあり方を考え直さなければならない。会社の福利厚生といえば多くの人が祝い金や食事支援、社内のレクリエーション活動などの余暇支援を思い浮かべると思うが、社会保障が先細る中、死亡、医療、両立支援、就業不能、老後資金などのリスクに備えられる福利厚生メニューがより重要になってくる。例えば、健康保険から支払われない高額治療を保障する医療保険等の各種団体保険の整備、老後不安のない年金制度、家族の介護等で就業が難しくなっている従業員への支援、病気の予防のための健康づくりの推進などが例として挙げられる。

日々クライアントと接する中で、多くの企業は、長らく福利厚生制度の見直しが行なわれず古い制度を継続、時代の変化と自社制度のギャップが今後ますます拡大することを危惧している。福利厚生制度の見直しは、現行制度内容の水準やコストの可視化をするなど、現状把握がファーストステップとなる。今後の自社の福利厚生制度の「あるべき姿」について、ぜひ今から検討を始めていただきたい。

著者
佐々木 壱佳
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