コロナ禍によりESG投資のトレンドは変化するのか? 

27 5月 2020

新型コロナウイルス感染症で亡くなられた方々に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、罹患された皆さまとご家族および関係者の皆さまに心よりお見舞い申し上げます。また、医療従事者をはじめとした感染拡大防止の最前線でご尽力されている皆さまに心より感謝と敬意を表します。

 

新型コロナウイルス感染症のパンデミックとそれに伴う経済および金融市場の混乱により、近年急速に拡大してきた機関投資家によるESG投資は、足元でどのように変化し、今後どのように変化するのであろうか。マーサーの運用商品のデータベースであるMercerInsight®1のデータから、最近の動きを見てみたい。MercerInsight®には機関投資家向けの様々な運用商品のデータが入っており、機関投資家向けに資産運用のアドバイスを行っている弊社のコンサルタントが使用するとともに、機関投資家にも提供している。

MercerInsight®は、機関投資家が投資できるプロダクトをグローバル且つ広くカバーしている。また、MercerInsight®を活用することにより、パフォーマンスや保有銘柄に関する定量的な分析から、約200名のリサーチャーで構成されるマーサーのグローバル・マネージャー・リサーチ・チームの調査によるレーティングに至るまで、広範な情報にアクセスすることが可能である。

まず、コロナ禍においてESG投資は増加したのか、それとも減少したのかをMercerInsight®におけるESG投資の運用商品への資金の流出入で見てみると、2019年12月末までは4四半期連続で純流入であったが、コロナ禍の2020年1-3月は純流出となった。

次に、この動きが一時的なものなのかを見るために、MercerInsight®におけるESG投資の運用商品の閲覧数の直近の推移を見てみる。MercerInsight®は、20兆ドルを超える額の資産運用において、投資する運用商品の選定等に利用されている。そのため、MercerInsight®の閲覧数は今後の機関投資家の投資行動の先行指標的な意味合いがある。

ESG投資の運用商品の閲覧数は、2020年2月は前月比23%減少、3月は前月比19%減少と2か月連続の減少となった後、4月には前月比16%の増加と、コロナ禍以前の水準には戻っていないものの、回復の兆しが見えている。コロナ禍により、機関投資家の資産運用も大きな影響を受け、その対応が優先課題となり、ESG投資の運用商品への関心が一時的に低下したと考えられる。コロナ禍への対応もやや落ち着きはじめ、金融市場が上昇したこともあり、ESG投資への関心が戻ってきたものと考えられる。

今後の機関投資家のESG投資へのスタンスの見通しとしては、短期的にはコロナ禍の収束と経済および金融市場の回復次第であるが、中長期的には過去数年間と同じようにESGへの取り組みが進むトレンドに戻ると考える。その理由としては、ESG投資は長期的視点から取り組んでいるものであり、一度取り組みを始めた機関投資家が途中でやめるということは考えにくく、徐々に範囲や内容を広げていき、それを見た他の機関投資家も取り組みを進めて行くという流れになると考えられるからである。

さらに、金融市場が大きく下落した2020年1-3月において、ESG投資のパフォーマンスが相対的に良かったことから、機関投資家のESG投資に対する確信が高まり、ESG投資がより拡大する可能性もある。2020年1-3月において、MercerInsight®に登録されているグローバル株式のESG投資の運用商品の約2/3が市場を上回るパフォーマンスとなっている2。また、代表的なESGインデックスの1つであるMSCI ACWI ESG Leadersインデックスも、2020年1-3月において、通常のインデックスであるMSCI ACWIインデックスを上回るパフォーマンスとなっており、MSCI社の分析によると、ESGファクターの寄与がその要因として大きい3

2 MercerInsight®のGlobal Equity Responsible Investingのユニバースの96運用商品のデータ
3 MSCI “MSCI ESG Indexes during the coronavirus crisis

また、今後のESG投資の変化としては、S(社会)への関心、取り組みが高まると思われる。ESG投資は時代とともに変化してきており、過去数年間はE(環境)、特に気候変動がホットトピックであった。S(社会)は、これまでE(環境)とG(ガバナンス)と比べると注目度が低かったが、過去の数多くの研究を分析した論文によると、S(社会)が企業業績等のCFP(Corporate Financial Performance)に対してポジティブな効果があるとした論文の数はネガティブな効果があるとした論文を大幅に上回っており、E(環境)やG(ガバナンス)と大きくは変わらない4

4 Friede, G., Busch, T. & Bassen, A., 2015. “ESG and Financial Performance:
Aggregated Evidence from more than 2,000 Empirical Studies.”

今後はS(社会)、特に従業員の健康と安全の確保、雇用の維持等に対する企業としての対応が関心を集めるであろう。機関投資家がESG投資を行う理由の1つとして「ユニバーサルオーナー」という考え方がある。これは、巨額の資産を運用する機関投資家は、市場全体に幅広く分散投資する必要があり、実質的に経済全体に投資していることになるという考え方である。ユニバーサルオーナーにとっては、個々の投資先企業の業績よりも、経済全体の方が重要であり、企業が従業員の健康と安全の確保や雇用の維持を行わないことでコストを削減し、短期的な業績を良くしたとしても、それにより経済全体が低迷しては意味がないことになる。コロナ禍は、シェアホルダー資本主義からステークホルダー資本主義に移行する大きなきっかけになるのかもしれない。

著者
五藤 智也

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