新たな章のはじまり

イノベーション創出のための組織・人材マネジメント 

建築モデルとVRメガネを持つ男性

25 7月 2025

世界的な地政学的不安定性の増大、サステナビリティの追求、生成AIに代表されるテクノロジーの急速な進化などにより、グローバルに産業構造の転換が始まっている。このような転換の中でイノベーションを創出し続けるためには、属人的な対応でなく、組織的対応が必要であるとの考え方が欧米企業を中心に広がり、両利きの経営などのイノベーション・マネジメント⼿法や、国際標準化機構(ISO)によるIMS(Innovation Management System)の国際規格が広まりつつある。そのような中、イノベーションの組織的創出において極めて重要な⼈材マネジメント(採⽤・評価・育成・登⽤など)や組織運営については、⼗分な⼿法開発が⾏われているとはいいがたく、いわば空白地帯が生じている。

このような課題認識の下、マーサーが事務局となり「イノベーション組織のための組織・人材マネジメント研究会」を立ち上げ、2023年12月から約1年にわたり、先進的なイノベーション活動に取り組む企業6社1と議論を重ねた。本稿では、当研究会で取りまとめた、「イノベーション活動を通じて企業価値を最大化するための人材マネジメントの空白地帯を埋める7つの原理原則」について共有したい。

 1 アステラス製薬株式会社、いすゞ自動車株式会社、KDDI株式会社、テルモ株式会社、日本電気株式会社、株式会社レゾナック・ホールディングス、(協力)一般社団法人GEN Japan、(事務局)マーサージャパン株式会社

当研究会でイノベーションを議論するにあたって

当研究会では、日系大手企業におけるイノベーション活動にフォーカスし、イノベーション活動には、新規事業の創出だけでなく、現業の変革(現業のビジネスモデルの変革や現業の組み合わせの変更)も含めた。また、様々な仕組みや施策があっても、変革を実行していくアントレプレナー(=挑戦者)がいなければイノベーションは創出されないため、アントレプレナーの概念を広く解釈し、このようなアントレプレナーがあらゆる組織・階層に幅広く存在し、挑戦者として働くことが当たり前になる状態を最終的なゴールに据えた。

イノベーション活動を通じて企業価値を最大化するための人材マネジメントの空白地帯を埋める7つの原理原則(全体像)

出所:マーサージャパン 出所:マーサージャパン

7つの原理原則

原理原則1. 企業価値最大化を目指し、イノベーションを通じて自社が起こしたい社会的インパクトおよび理由の言語化

リーダーは中長期の観点から、イノベーションを通じた企業価値の最大化を目指すべきである。その目的を達成するために、自社のパーパス等に照らし、社会で起こしたい変化や顧客に提供すべき価値を考え抜き、自社がなぜそのイノベーションに取り組むのかという理由を言語化し、社内外に発信することが重要である。

原理原則2. アントレプレナーシップの必要性の経営陣の腹落ち

イノベーションを推進するためには、経営陣がアントレプレナーシップ(=挑戦者魂)の重要性と必要性を深く理解し、腹落ちしている(=自分の言葉で語る)ことが重要である。経営陣がイノベーションを通して起こしたい社会的変化を「自社事」としてとらえ、イノベーション活動の仕組み化やチェンジマネジメントを推進するべきである。

原理原則3. 経営陣にアントレプレナーが「普通に」含まれる状態の実現

変化の激しい時代では、経営判断そのものが会社の方向性を大きく左右するため、事業環境の変化を鋭敏にとらえ、自ら変化を創出できるようなセンスを持った経営人材が求められる。アントレプレナーをサクセッションプランのプール人材に組み込むとともに、経営視点で考え、行動する機会を彼らに与えることが重要である。

原理原則4. 管理職・マネジャーによるアントレプレナーシップ実践・支援度合いの評価

経営陣がイノベーション活動を推進しようとしても、(中間)管理職が新しいアイデアに消極的で、その実行にコミット・サポートしないケースはよく見られる。管理職が新しいアイデアを歓迎し、その実践を促すようなサポートを行うことは、組織内の心理的安全性を高め、様々なイノベーション活動が生まれる土壌が整う。このため、管理職がアントレプレナーシップを実践・支援することを評価項目に明記し評価するべきである。

原理原則5. アントレプレナーの発掘・育成・評価、キャリアパスの明示

アントレプレナーの人材要件やコンピテンシーを明確化し、その発掘や育成に継続的に取り組む必要がある。また、新規事業は失敗することが多いため、既存事業とは異なる評価基準(成果評価ではなくプロセス評価)やKPIを設定する。具体的には、減点方式ではなく、行動を起こしたことへの加点方式で評価し、挑戦の質や量を重視すべきである。また、イノベーション・新規事業創出のためには新たな人材の採用や人の入替えが必要である場合が多いため、事業サイドに、採用(ジョブデザイン)や処遇(モチベーション維持、リテンション)の裁量を与えること、また、新規事業と既存事業で人が循環する仕組み(キャリアパス)を作り、会社全体をイノベーティブな組織へ変化させ続けることが重要である。

原理原則6. 取締役会(含む社外取締役)におけるアントレプレナー確保を前提とした、イノベーション促進のためのガバナンス

取締役会の多様性を高めるために、スキルマトリクスの中に新規事業の立ち上げに関する知見を追加すること、また、社外取締役として現役のベンチャー企業の取締役を招くなどが効果的であり、取締役会にそうした人材がいることにより、執行においてアントレプレナーシップが発揮されているかを見定められる状態を作ることが重要である。また、エンゲージメントサーベイなどを通じて、組織内にアントレプレナーシップが浸透しているかを定期的にモニタリングし、改善策を講じる必要がある。さらに、明確な事業性評価基準(撤退基準を含む)を設け、社外・第三者の目線を取り入れたイノベーション活動の定期的な審査・モニタリングの実施や、必要に応じたイノベーション戦略の見直しも重要である。

原理原則7. 多様性とアントレプレナーシップを受容・促進する組織文化

組織文化2は自然発生する社風とは異なり、意図的に形成されるものであり、明確な意志が必要である。イノベーションが創出される組織文化を醸成するためには、人材の多様性のみならず、自己選択の多様性(例:キャリア自律や手挙げ制度)を受容・促進することが重要である。また、失敗を許容する文化の育むことも重要である。あらゆるイノベーションは失敗の積み重ねと試行錯誤の上にあるからである。その意味では、単に失敗を許容するだけでなく、失敗から迅速に学びを得て次の試行・行動へ素早く反映する文化・価値観を作ることがポイントとなる。

2 組織文化とは、ある組織内で想定されている(期待されている)「仕事のやり方」であり、「仕事に対する姿勢」のことである。それは「仕事の作法(流儀)」とも言える。組織文化こそが最も真似されにくい競争力の源泉となる(「両利きの組織をつくる」より)

今後の方向性

ご紹介した7つの原理原則は、当研究会での議論を重ねた、現時点での仮説であり、今後多面的に検証・更新していく。企業価値の源泉は人間のクリエイティビティであり、それに基づくイノベーションを組織的に創出しようとするマネジメントのあり方が人的資本経営であり、イノベーション経営であると考える。今後、当研究会の原理原則を検証・進化させ、アントレプレナーが幅広く存在する組織・社会へ、そして日本経済の持続可能な成長へとつなげていきたい。

参考文献

北瀬聖光(2023年)「大企業イノベーション 新規事業を成功に導く4つの鍵」(幻冬舎)

アンドリュー・J・M・ビンズ、チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン(2023年)「コーポレート・エクスプローラー」(英知出版)

加藤雅則、チャールズ・A・オライリー、ウリケ・シューデ(2020年)「両利きの組織をつくる」(英知出版)

著者
伴登 利奈
  • The Big Picture

    大きな視野を持ち、グローバルに成長する企業への提言。経営に関わる人々が注目する「少子高齢化」「デジタル化」「グローバル化」3つの大きな課題に対しての考察。

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