変化の時代に求められる人事像とは? 野村HD CHROが示す、HRBPに求められる新たな役割
27 3月 2026
Mercer Learning Letter Vol.3
人事プロフェッショナルの実務に直結する知見を届けるマーサーカレッジの人気企画 「CHRO Insight」。各業界のHRリーダーを招き、自社の人事施策や人的資本への向き合い方、そしてCHROとしてのキャリアジャーニーを深く掘り下げるシリーズです。
今回お話をしてくださったのは、野村ホールディングス CHRO 兼 CHO の尾崎由紀子(おざき・ゆきこ)氏。創立100周年に向けたパーパスの再定義、企業文化を軸とした人的資本経営、従業員のウェルビーイングを大事にする健康経営など、多岐にわたる自社の取り組みについて語っていただきました。
システム開発から外資系金融、人事へとキャリアを重ね、グローバルHRBP(HRビジネスパートナー)として経験を積んできた尾崎様のキャリアジャーニーには、人事パーソンにとって示唆に富む内容が数多く含まれています。
目次
パーパスを言語化する全社プロジェクト「パーパス・ジャーニー」
前川:まずは、御社で現在取り組まれている 施策について教えていただけますか?
尾崎様:当社の特徴的な取り組みの1つが、「パーパス・ジャーニー」です。2025年12月で創立100周年を迎えるにあたり、社会的存在意義や社員一人ひとりの働き方を改めて考える機会にしようと、2021年の春からプロジェクトを開始しました。
従業員約2万8,000名のうち、1万人以上のグローバル社員が参加し、パーパス(企業の存在意義)の言語化に取り組みました。
最大の目的は、パーパスの策定そのものではなく、その過程で生まれる部門横断の議論や社員同士の交流です。会社としての存在意義だけでなく、自分が野村グループで働く意味や、どのような価値を発揮したいかという個人の問いと向き合う機会をつくることも重視しました。
約3年にわたる議論を経て、2024年4月に「金融資本市場の力で、世界とともに挑戦し、豊かな社会を実現する」というパーパスを策定し、社内外へ発表しました。
その後は、パーパスを日常の行動や意思決定に結びつけるための浸透施策を進めています。最近では、役員や部長、社員が 自らのパーパスを社内のイントラネットで公開する取り組みも始まっており、現在は実践フェーズに移っています。
前川:パーパスは企業の存在意義です。企業の持続的成長や社会的責任の全うに欠かせないものだからこそ、その根幹を担う人材である1万人以上の社員との議論を通じて、会社としてのパーパスを言語化された点が非常に印象的です。
注目のHRトレンドは「Employee Value Proposition」と「健康経営」
前川:昨今、HR領域でもさまざまなトレンドが生まれています。御社として、あるいは尾崎様ご自身が注目されているテーマがあれば教えてください。
尾崎様:当社では、多様な人材こそが最大の資産であり、イノベーションを生む力になると考えています。
人的資本経営への注目が高まる中で、当社がどのような人的資本を持ち、どこに注力しているのかを明確に示していくことが重要だと感じています。株主やお客さまだけでなく、従業員やこれから入社を検討している方々に対しても、会社としての姿勢を丁寧に伝える必要があります。
企業と社員の関係はよりフラットになり、今は従業員が会社を選ぶ時代です。どのような企業で働き、どのような経験が積めるのかを重視する方は増えています。その中で、Employee Value Proposition(従業員への提供価値)は、人事戦略の中でも大きなテーマになってきています。
前川:企業側も選ばれる存在であることを理解し、そこに対する最適な施策の検討がより求められているのですね。
尾崎様:その通りです。加えて、企業文化の重要性も高まっています。弊社では、今年(2025年)4月に、人的資本を最大化するために、カルチャーアンドエンゲージメント部を人事部門内に設立しました。社員がいきいきと働ける組織状態をつくることを目標に掲げ、ポジティブな企業文化の醸成やエンゲージメント向上を担っています。
この部署では、パーパスの実践や行動規範の浸透、そして従業員のウェルビーイング推進などを中心に取り組んでいます。人的資本経営を組織として具体的に実践していくための機能を、人事部門の中に明確に位置づけた形です。
そして、健康経営も大きなテーマです。私はCHROとCHOを兼任していますが、CHOは健康経営推進責任者(Chief Health Officer)を意味します 。健康に関するさまざまな施策を試行錯誤しながら実装しており、最近は特に 女性の健康支援を強化しています。
具体的な直近の取り組みとして、月経に課題を抱える社員への支援として、「低用量ピルの服用支援サービス」を導入しました。当初の想定以上に利用希望者が多く、ニーズの大きさをあらためて実感しました。また、従来の生理休暇の名称を「F休暇」に変更し、月経当日だけでなくPMSによる体調不良の際にも取得できるようにしました。言葉のハードルを下げることで、さらなる利用のしやすさにつながればと思っています。
今年の春からは、卵子凍結費用の補助も開始しました。費用が高額で一歩踏み出しづらい方が多い中で、選択肢を広げる支援として導入したものです。こちらも予想以上に多くの社員が利用を検討しており、健康経営の観点から大きな反響を感じています。
前川:従業員の健康増進を図ることは、生産性やエンゲージメント、信頼を向上させ、結果としてビジネスを成功に導きます 。従業員のウェルビーイングのための4つの柱として、「精神面」「身体面」「社会面」「経済面」が挙げられますが、御社の取り組みはまさにこの4つすべてを満たすものだと感じています。
グローバルHRBPとして経験を積んできたキャリアジャーニー
前川:続いて、尾崎様ご自身のキャリアについて伺います。これまでどのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか?
尾崎様:私が野村證券に入社したのは2008年です。実はずっと人事の仕事をしていたわけではなく、新卒では情報システムの領域でプログラム開発をしていました。大学時代にコンピューターを専攻していたこともあり、その流れでシステム開発に携わっていたという形です。
数年働いた後、自分が何を仕事にしたいのかを考え始め、最初の大きなキャリアチェンジをしました。留学を経験していたこともあり、次は語学を活かせる環境で働きたいと考えて外資系の金融機関に転職し、そこで初めて投資銀行業務に触れました。
この外資系金融機関で長く働く中で、ビジネスサイドにいながら、多様な人材と関わり、「人」を軸にした業務にも携わるようになりました。その際、ビジネスパートナーとして人事戦略を支えていた方と密に協働したことで、人事の役割の重要性を強く感じ、人事の仕事に興味を持つようになりました。そこから採用と育成を担当するポジションに移り、人事のキャリアを本格的に歩み始めました。
前川:システムから外資系金融、そこから人事へと大きくキャリアチェンジされているのですね。 どのような転機があったのでしょうか。
尾崎様:転機になったのは、二社目の外資系金融に在籍していた時に起きたリーマンショックです。私は当時リーマンブラザーズに所属しており、会社の経営破綻を経験しました。その際、野村グループがリーマンのビジネスを承継することになり、それが野村グループに入社するきっかけとなりました。
異なるカルチャーを持つ組織同士が一つになるプロセスに関わることは、非常に貴重な経験であり、自身のHRキャリアにおいて大きな転換点になったと感じています。
前川:野村グループに入社されてからは、どのような役割を担ってこられたのでしょうか?
尾崎様:当初はビジネス承継が完了すれば自分の役割は一区切りかもしれないと思っていましたが、実際にはそこから多くの新しい経験を積むことになりました。新しいルールをつくり、組織の枠組みを整え、人事機能を再構築していくフェーズに携わることができ、その過程で自分の役割も徐々に広がっていきました。
採用や育成を経て、一番長く担当したのがHRBPの役割です。特に投資銀行部門のHRBPとして、国内からグローバルまで幅広い組織と協働してきました。こうした経験の積み重ねが今のグループCHROという役割につながっています。
ビジネスと同様にHRBPも“変化する前提”を持っているか否かが要
前川:HRBPを経験してきて 、一番重要だと感じていることはなんでしょうか?
尾崎様:実はもともと野村グループにHRBPは存在しておらず、リーマンブラザーズから承継した体制をベースに新しい形をつくりあげていきました。
HRBPの仕事は、これからも変化し続ける役割だと考えています。ビジネス戦略や部門戦略に沿って人事戦略を立てることはもちろんですが、テクノロジーの進化、ビジネスの複雑化、顧客ニーズの多様化などを背景に、求められる役割は常に変わっていきます。固定的にこうあるべきだと捉えるのではなく、自らも変化しながら成長していく姿勢が必要だと考えています。
前川:「CHRO Insight」では「HR Leader’s Bookshelf」として、ご出演いただくCHROのみなさまに、おすすめの書籍をご紹介いただいています。尾崎様の1冊は何でしょうか?
尾崎様:私は、エドガー・H.シャインの『組織文化とリーダーシップ』をおすすめします。1980年代に出版された古典的な書籍ですが、現在は第五版になり、息子であるピーター・シャインが執筆に加わっています。
グローバル化やDXの進展、ミレニアル世代以降の価値観の変化など、現代の組織が直面するテーマが反映されていて、以前の版よりも理解しやすく整理されています。各章に読者へのアドバイスも示されており、組織文化をどう捉えるかをより深く学べる内容だと思います。
前川:最後に、人事としてキャリアを築いていく読者の皆さんにアドバイスをお願いします。
尾崎様:私は人事とは異なる領域からキャリアをスタートしましたが、人事はどんな組織にも不可欠な機能だと強く感じています。人が持つスキルセットを最大限に生かし、組織成果につなげることが人事の最も重要な役割です。
人事の仕事は、プロセスや制度を運用するだけではありません。環境の変化に応じて、役割そのものを自らアップデートしていく必要があります。こうあるべきという固定観念にとらわれず、自分たちで人事のあり方をつくっていく姿勢が欠かせません。
また、キャリアは自分自身で主体的に考えるものだと当社でも伝えています。変化を楽しむ気持ちを持ちながら、人事としてのキャリアを築いていただけたらと思います。
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尾崎様が語ってくださった人的資本経営への向き合い方や企業文化、健康経営の実践には、人事パーソンがキャリアを築く上で学ぶべき重要な視点です。特に、変化に合わせてHRBPの役割をアップデートし続ける姿勢や、人を最大限に活かすという本質的な人事の考え方は、多くの組織に通じる示唆だといえます。
Mercer Collegeでは、今回のようなCHROインタビューをはじめ、人事プロフェッショナルのスキル向上やキャリア形成を支援する多様なプログラムを提供しています。人的資本経営、HRBPのスキルセット、評価制度、組織開発など、実務に直結する学びを体系的に深められます。
キャリアパスを広げたい方は是非、お問い合わせください。