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「戦略人事」への転換期に問われる人事の役割と学び直し 

31 10月 2025

Mercer Learning Letter Vol.2

目次

戦略人事への転換期に問われる人事の役割と学び直し

今、人事を取り巻く環境は大きく変化しています。データの活用やAI化、ウェルビーイングの向上等などをめぐる議論は、これまでのような人事制度の設計や運用の観点だけでなく、企業の競争力向上に向けた戦略的な「投資」の意味合いを強めつつあります。こうした人事の転換期において、人事部門のリーダーに求められる要件として、事業への影響力の発揮や、その影響力の裏付けとなる人事の専門性など、多様なスキルと高い専門性を兼ね備えることが不可欠となりつつあります。自社の事業戦略を深く理解し、どのように人・組織へ経営資源を再配分し、その戦略実現へ繋げていくのか。人事リーダーには、これまで以上に事業戦略への深い理解が求められています。

「人的資本経営」の文脈で新たに問われる人事の役割

事業戦略への深い理解が人事に求められている背景の一つには、「人的資本経営」への関心の高まりがあります。これは、社員の「知識・経験・スキル」などを資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値の向上を目指す経営手法と言えます。現代の企業価値の評価において無形資産の割合が高まる中で、その一つである人的資本・人材をどのように活用し、その価値を高めていくかが、資本市場からも問われていると言えます。

一方で、日系企業は、欧米系企業などに比べて人材投資額や労働生産性が低く、「将来の戦略実現に必要な人材は確保できているのか、その実現にむけてどのように採用・育成投資を行い、活用していけるか」は、資本市場・投資家からも注目されています。

人事制度改定や昇給実務といった従来の関心事だけでなく、自社の事業戦略を実現するための人材マネジメントの在り方そのものが、従来のように社内の経営陣だけでなく、より多様なステークホルダーからモニタリングされる時代になってきたと言えます。

どれだけ立派な経営戦略を掲げても、それを実現するためのヒト・組織の存在が無ければ、素晴らしい戦略も画餅に帰してしまいます。だからこそ今、人事には経営戦略に連動した人事戦略を描くことが求められ、「必要な人材をどのように供給し、事業競争力を高めていくのか」を社内だけでなく、社外・市場に対しても「事業と人事の戦略ストーリー」として語ることが必要になります。こうした流れを受けて、「人事」は、まさに「戦略人事」へとその姿・機能を進化させていくことが必要になります。

ワークフォースプランニングを起点とする「戦略人事」

それでは「戦略人事」の考え方について、ここからさらに詳しく解説しましょう。

図1

「戦略人事」の狙いとその機能を理解する上で、これまでの人事のあり様と新たな「戦略人事」のあり様を比較して考えることは有効です。こちら図1の左側では、人事基幹制度(等級・報酬・評価)の観点と、採用・配置・評価・育成・代謝の人材フローの観点で、人事の機能を整理しています。こちらは、人事の各オペレーション・実務を中心に整理したモデルであり、決められたルールに基づく正確かつ効率的なオペレーションが人事の最優先課題である時代に、機能や課題の整理の観点として有効なモデルでした。しかし、この枠組みには事業戦略と人事機能の結びつきが整理できていない、という課題がありました。

次に図1の右側のモデルのご紹介をします。すでに述べました通り、今人事に求められている最大の課題は、いかに事業戦略を実現しうるヒト・組織を確立し事業に貢献するか、という点です。その問いへの答えの出発点は、「事業戦略実現に必要なポジション・人材を明らかにし、その質と量を明確に定義すること」になります。これを一言で表す言葉が「ワークフォースプランニング」です。このワークフォースプランニングで明らかにした人材の質・量を確保するために、それぞれの機能(採用・パフォーマンスマネジメント、HRアナリティクス、組織開発/エンゲージメント、報酬マネジメント、タレントマネジメント)を、有機的に連動させていきます。人材機能の中核に、事業戦略との結節点となるワークフォースプランニングを置き、そこを中心に各機能を有機的に連携させることが、「戦略人事」の鍵となります。

役割ベースへ移行する人事部門

戦略人事を機能させるうえで、人事組織のあり方自体も変化しています。従来の人事オペレーションを前提とした各領域が独立した「人事機能ベース」での組織モデルから、各機能の統合的な戦略・設計・運用を重視する「役割ベース」の人事組織への移行が進んでいます。具体的には、事業戦略の人事戦略への読み解きを行うHRビジネスパートナー(HRBP)、人事戦略を実際の施策へと落とし込む設計機能を担うセンター・オブ・エクスパティーズ(CoE)、そしてより効率的な人事オペレーションを担うシェアードサービス(HRSS)の三つの役割が中心となる人事組織のあり方です。これらの取り組みは強力なHRリーダーによるリーダーシップにより導かれ、適切な情報共有を可能とする人事システム(HRIS)により補強されます。

図2

これらの新たな人事組織において、人事パーソンへの要求水準はこれまで以上に高まってきています。HRビジネスパートナーについては、事業課題への深い理解を持つことが求められるとともに、それらの事業課題がどの領域の人事課題につながるのかを見極める視野の広さが求められます。CoEについては、HRビジネスパートナーが特定した各人事課題を解決するための施策設計が求められ、そのためには人事領域における複数の専門領域を持つことが望ましいです。また、HRオペレーションについては現在の人事オペレーションの円滑な運営に加えて、常にそれらの改善・効率化を進めるため広い視野や変革推進スキルも重要になります。新たな人事組織の三つの役割において、各役割に属する人事パーソンはこれまで以上に人事領域に関して広い視野と深い専門性が求められる時代になってきています。

戦略人事に求められる人事のリーダーシップとは?

この「戦略人事」の時代において、各人事パーソンにはそれぞれ担当する領域において、これまで以上にリーダーシップの発揮が求められます。これは、HRビジネスパートナーであれば、人事課題の定義において、事業リーダーと正面から議論し、時に人事側が反論し、議論をリードする場面も発生するでしょう。あるいは、CoEであれば、人事施策間の整合を取るために他のCoEに対してリーダーシップを発揮する場面が出るはずです。そのような場面において、各人事パーソンが自らリーダーシップを発揮するには、「課長」「部長」といった職位による「権限のリーダーシップ」ではなく、自らの深い専門性に依拠した「影響力を発揮するリーダーシップ」が必要になります。 

通常の組織におけるリーダーシップは、図3の左側のように「職位」「上司・部下の関係」に基づく「権限(Authority)」によるリーダーシップになりますが、直接の上司・部下ではない事業部門や他の部門に人事がリーダーシップを発揮する場合は、右側のような「影響力(Influence)によるリーダーシップ」を発揮することが必要です。

これは、いわば「権限ではなく専門性への信頼に裏打ちされたリーダーシップ」と言えます。人事の専門家として「彼・彼女がそう言うのなら一理あるのだろう。やってみよう。」と経営陣や現場のリーダーから、認められることで、「影響力」を発揮・行使するリーダーシップと言えます。

この「影響力によるリーダーシップ」の原動力は、当然ながら、客観性に裏付けられた深い専門知識であり、その点への他者からの尊敬と信頼が要となります。 

これからの人事パーソンが経営に影響を与える上で、この「影響力によるリーダーシップ」が必須の能力となり、その根拠となるべき人事知識を深めることは、全ての人事パーソンにとって喫緊の課題と言えるでしょう。

図3

では、我々人事パーソンが、必要な人事知識を高め、戦略人事の領域において高い価値を生み出すためには、どのように学び、どのように自身のキャリアを構築することが重要でしょうか。

まずワークフォースプランニングを中心においた戦略人事の全体像をきちんと理解することが重要です。自社の経営課題や人事課題の解決に向けて、「その課題は戦略人事におけるどの領域に関する話なのか?」を即座に理解できることです。各領域の実務経験をすべて深めることは時間的に難しいとしても、HRBP・CoE・HRSSといった各キーパーソンとどのように連携すればよいのかをイメージするためにも、戦略人事における各領域の概要とそのつながりをきちんと理解しておくことは必要です。筆者自身、よく表現として、その状態を「人事における住所番地が分かる状態」と形容することがあります。その住所番地を理解した上で、その中における自身の専門領域をいわば「本籍地」として持てるように学びや実務経験を深めることが重要です。

このように、人的資本経営に代表される人事への期待値の高まりに対して、「戦略人事」の推進という答えを我々人事パーソンが用意するために、我々自身が「戦略人事」を理解し、自らの専門性を高めることがまさに今求められています。人事パーソン一人一人が自らの専門性を振り返り、その専門性を高めるための機会が社会的にも求められていると言えるでしょう。

About the author(s)
前川 尚大

組織・人事変革コンサルティング部門
シニアプリンシパル
人材開発プラクティスリーダー

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