新たな章のはじまり
事業成長に資する評価スキル - 評価者・被評価者間の「共通言語化」の重要性
31 10月 2025
Mercer Learning Letter Vol.1
目次
事業成長を実現する「評価スキル」。「評価者」「被評価者」における「共通言語化」の重要性
人事制度は、設計するだけでは機能しません。運用され、現場で活かされてこそ初めて意味を持ちます。その重要な要素の一つである評価制度も例外ではなく、評価を実際に機能させるには、管理職の「評価スキル」とメンバーの「評価への主体性」が欠かせない要素となります。
今、企業が直面している本質的な課題は、評価を単なる査定の仕組みで終わらせず、組織全体を動かすエンジンへと変えていくことです。その鍵となるのが、評価者と被評価者の間に「評価に関する共通言語」を確立することです。
こうした共通言語を根付かせるためには、評価者・被評価者双方が必要なスキルを学び合い、磨き続ける仕組みが必要です。本稿では、その必要性と実現に向けた視点を解説します。
「評価スキル」は、管理職の中核スキル
評価制度は人事制度改定のタイミングで注目される傾向にありますが、近年は制度改定の有無に関わらず「評価制度をいかに浸透させるか」「どのように運用していくか」という点に課題を感じている企業が多く見受けられます。これは、評価制度を浸透させ、適切な運用を行うこと自体が、事業成長に直接的に貢献できる人事施策の一つである、という認識の広がりが背景にあるように感じます。
評価制度は単なるルールや仕組みにとどまらず、部下を効果的にリードし、事業戦略を現場に展開していくための「戦略と組織の結節点」と言えます。「両利きの経営」が叫ばれ、多様性の拡大、世代や国籍を超えたメンバーとの協働などが進む中で、評価は単なる点数付けではなく、組織を前進させる重要なマネジメントツールとして再度位置付けられているのではないでしょうか。
評価が適切に行えなければ、人材の育成も適材適所の実現も難しいでしょう。さらに、その影響は部門内にとどまらず、自社の事業戦略の展開そのものを揺るがしかねません。したがって、評価制度の運用力こそが管理職に求められるスキルの核心であり、企業が優先的に投資すべき領域といえます。
被評価者の評価活用に向けた「主体性」
管理職が評価制度を運用し事業戦略を展開する一方で、実際に組織目標を担って業務を遂行するのは被評価者です。そこには、被評価者自身の「評価活用スキル」が存在し、それは組織全体の成果を大きく左右する要素でもあります。
組織に落とし込まれた目標は、最終的に一人ひとりの被評価者が受け取り、遂行することで達成されます。そのため、単に与えられた目標を受け身でこなすのではなく、組織戦略と結びつけて理解し、主体的に取り組む姿勢が求められます。
具体的には、評価制度に対する理解、自ら目標を設定・更新する力、PDCAを通じて自ら課題を解決する力につながります。成功や失敗を整理し、上司との対話を通じて改善を繰り返します。被評価者には、この一連のプロセスを自ら進められるだけの主体性が必要であり、評価制度という一連のプロセスを自らの成長に向けて活用する意識が重要となります。
しかし、「上司のマネジメントが不十分だから成果が出ない」といった受け身のマインドセットが部下に見られる場合も多くの企業で存在しています。上司の役割は大きいですが、被評価者自身が評価にどのように関わり、成果にコミットするかも同じくらい重要であり、組織全体の成果の底上げには重要な要素となります。
仮に、組織目標の達成に向け主体的に動く力が被評価者階層で弱体化している場合、それは組織にとって深刻な課題であり、被評価者自身のマインドセットの変革が急務となります。評価は一方的に受けるものではなく、自らの成長と成果のために活用するもの。この意識の転換こそが、組織力の向上を支える基盤となるはずです。
外部環境の変化がもたらした評価における「新たな課題」
評価者の「評価スキル」と被評価者の評価活用への「主体性」の重要性についてこれまで述べてきました。近年、外部環境の変化によって、この評価運用については、その難易度を高める新たな一連の課題が生まれつつあります。管理職はこの変化をしっかりと理解し、自身の評価スキル向上につなげることが必要になっています。具体的には、次の三つの変化です。
まず「多様性への対応」です。VUCAの時代(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性が高い時代)においては、同質性が高い組織のリスクは高まり、異なる価値観やスキルを持つ人材が集まって戦略的自由度や変化対応力を高度に発揮できる組織こそ生き残る可能性が高まります。これは例えば、自社にこれまで存在しなかったようなDX人材の活用や、海外における事業展開において、文化や価値観の違いがある部下をどのように評価するのか、といった課題への対処を意味します。
次に「協働・共創への対応」です。AIの台頭や様々な場面での自動化が進む中で、人間にしかできない仕事は高度化し、創造性が強く求められる時代になると言われています。その複雑で創造的な業務に対応するために、人は多様性を活かした「協働や共創」の関係の中で仕事を進めることになります。異質な人材同士のコラボレーションを促進するために、適切な役割分担・目標設定や、協働・共創への適切な評価といった要素が重要となります。
最後に「内発的動機への対応」です。とくにミレニアル世代・Z世代に関する就労意識調査では、金銭的報酬といった「外発的動機」だけではなく、自身のキャリア開発・自己成長や自らの業務の社会的価値を強く意識するといった「内発的動機」の重要性が指摘されています。
例えば「与えられた役割や目標が自身の成長に大きくつながる」「会社や社会への貢献意識が強く持てる」といった形で、評価プロセスにおける動機づけが重要になっています。「なぜその目標が事業にとって重要なのか」「それがあなたの成長にどうつながるのか」をそれぞれ丁寧に説明することが評価者に求められています。
進化する「評価」に求められる3つの方向性
このように評価者に求められる新たな課題を踏まえ、評価制度の運用とその「評価スキル」は現在大きな進化を遂げようとしています。それは、「フレキシブル」「インタラクティブ」「パーソナル」の三つの観点にまとめられます。
- フレキシブル:環境の変化や戦略の変更に応じ、柔軟かつタイムリーに目標を設定できる力
- インタラクティブ:多方向のフィードバックを活用し、対話を通じて相互理解を深める力。個々の強みや改善点に焦点を当てる力
- パーソナル:目標の進捗状況や能力課題、キャリア志向に応じて人材管理やアドバイスを行う力
柔軟に部下に対してコミュニケーションが取れるか、双方向で意思疎通ができているか、一人ひとりの部下にきちんと向き合っているか。こうしたスキルが、管理職として「事業戦略の達成」と「人材の育成」の両軸を実現し、組織全体の成果を高める基盤となるはずです。
「評価制度があればよい」という時代ではなく、どのようにその制度を活かし、部下一人ひとりに適切な働きかけを行えるかが問われる時代になったと言えるでしょう。
今必要とされる評価の「共通言語化」と、その実践的アプローチ
最後にこれまで述べてきた課題の解決に向けて、どのような処方箋が考えうるのかを検討してこのコラムを終了したいと思います。
評価制度を事業成長に繋げるためには、「上司の評価スキル」と「被評価者の主体性」の二つが課題となり、さらに昨今の「多様性への対応」「協働・共創」「内発的動機」の3つの要素がその課題の難易度を高めていると解説してきました。最後に、それらに対応するために評価制度と評価スキルは、より「フレキシブル」「インタラクティブ」「パーソナル」の3つの方向性に進化することが求められると解説しました。
この変化を乗り越えるためには、評価に関する最も基本的な観点に我々は立ち戻る必要があります。それは、「評価は上司が一方的に行うものではなく、評価者と被評価者の双方が関わる『共同作業』である。」という点です。
この「共同作業」は、そこにおける「評価の概念」といった上部構造から、「評価の基準」「評価のプロセス」「評価の様々な用語」「キャリアの考え方」といった運用面に至るまで、「共通の認識」が相互になければ、共同作業を円滑に進めることができません。これは、実際には適切な内容で構成された「評価者研修」と「被評価者研修」を愚直なまでに繰り返し、意識づけ・定着を進めること以外に実は処方箋はないと言えるでしょう。
昨今マーサーに対して、「評価者研修」だけでなく、「被評価者研修」の実施依頼が増えている点もこの点が背景にあると考えられます。評価者・被評価者の位置づけの違いから内容には一部違いはあるものの、同じ演習ケースや解説資料、事例解説や目標サンプル・評価結果サンプル等を用いて、「評価の共通言語化」を前提に「評価者研修・被評価者研修」の設計を進める場合が多くなっています。これは、グローバルに事業を展開する企業であれば、英語・中国語・スペイン語といった同一コンテンツ・多言語対応も重要なポイントになります。まさに、グローバルで評価を「共通言語化」する取り組みです。
マーサーでは多くの企業からのご要望を受けて、弊社のeラーニング「マーサーカレッジ」において、「評価者研修」「被評価者研修」の日英2言語共通バージョンのリリースにこの度至りました。その背景もまさにここにあります。海外拠点を含むグローバル経営において、この共通言語化の有無は事業戦略のグローバル展開の成果を左右する重要なポイントとなるはずです。
自社の事業戦略を遂行するのは、組織・人材であり、最終的には評価者・被評価者一人一人と言えます。その評価者・被評価者が、それぞれ共通の概念を持ち合わせ、その土台のもとに「我々は何をなすべきか」「自分はどうありたいか」「あなたのキャリアのために私ができることは何か」といった話が上司・部下、国内・グローバル、本社・各事業で同じように話し合われている世界を想像していただきたいです。まさにそれこそ、この時代を生き残るためのマネジメントとコミュニケーションのあり様そのものではないでしょうか。皆様の組織においてもそのようなコミュニケーションが随所でなされることを期待して、このコラムを終了したいと思います。
組織・人事変革コンサルティング部門
シニアプリンシパル
人材開発プラクティスリーダー